今日のエッセイ-たろう

美味しさの基準は、いつも揺れている。時代と社会が作る“味覚のトレンド” 2025年8月25日

「なにを美味しいと感じるか」って、時代や地域によって違う。これが、食文化を勉強していると、とてもおもしろいのだ。

動物として、「これはウマい!」と感じる味はあると思う。例えば、甘味は人間にとってエネルギーそのもの。食べられるときにたくさん食べておいたほうが、生存戦略として都合がいいのだ。だから、基本的にはいつの時代にも「美味しい味」だった。同じ様に、塩味も酸味も脂質の味も、生きるためのセンサー(=味)で察知してきた。

ところが、現代人から見ると、美味しいとは思えない料理が大流行している時代がある。それは、大雑把に言って二つのパターンにわけられる。

二つのトレンド

一つは、社会が貧しくて技術が未発達だという場合。
例えば、近世以前のヨーロッパの庶民が主に食べていたパンだ。麦類の生産量も限定的だし、製粉技術も低い。真っ白な小麦粉は、作ろうと思えば作れるのだけれど、あまりにも手間がかかるし、ロスも大きい。だから、ざっくりと製粉した麦の粉は茶色いのが当たり前。量を補うために、豆の粉を混ぜてパンを焼いた。ずっしりと重たく実が詰まっていて、固くてボソボソしているし、乳酸発酵のおかげですっぱい。これが日常の味だった。

当時の人達が、「おいしくてたまらない!」と思っていたかどうかはわからない。わからないけれど、ほとんどの人が食べていて「まずいよ〜。もう食べたくないよ〜」とは思っていなかっただろう。もし、イヤだったら数百年も同じパンを食べないと思う。ポジティブとは言えないかもしれないが、圧倒的に広まっていた。

もう一つは、根拠のないトレンドだ。栄養価が高いとか、健康に良いというだけは説明のつかない流行があるのだ。
実は、個人的な感覚では、現代のファッションでも似たようなことが起こっていると思っている。例えばサイズ感は、タイトなものが流行ったり、オーバサイズが流行ったりする。だいたい交互にやってくるトレンドだが、「こっちのほうが健康に良い」といった理由で流行するわけではない。もし、「健康的」を理由にするならば、近年でも特に暑いと言われている今年の夏に“ブラックコーデ”が流行するなんて考えられないだろう。そこにあるのは、みんなが「良いな」と思うかどうか。

こうした流行は、ファッション業界が作り出しているのだ。という話を聞くし、実際にその通りなのだろう。だとしても、多くの人が「なんだか、良いなぁ」と感じているから流行するわけで、大衆の感覚が反映されているはずだ。

トレンドはどうやって生まれるのだろう?

中世ヨーロッパの貴族の間では、とにかく珍しくて奇抜な料理が“美味しい”と感じられていた。強烈なスパイスをたっぷり使って覆った肉。砂糖たっぷりのあま~い料理。原材料が何かを当てるのは困難なほどに変化したもの。お城や兵士などを精巧に象った模型のような料理は、実際に砲弾を放つ大砲のミニチュアまで作られたらしい。レシピから味を想像すると、現代人なら「ちょっと無理かも…」と思うかもしれない。だけど、この時代は、そういう料理こそが“美味しい”ということに“なっていた”のである。

「とにかく甘いのがいい。」「いやいや酸っぱいものこそ最高だ。」「なにを言うか旨味がなければ料理ではないだろう。」などと、いろんな時代のいろんな社会が呟いている。

もしかしたら、トレンドの始まりは、ファッション業界のように誰かが言いだしたことなのかもしれない。例えば、AもBもCも美味しい料理だとして、インフルエンサーがAを強く推すことがあるとする。周りの人にとってはBでもCでも構わないのだけれど、「まぁAも美味しいよね」くらいの軽い気持ちで乗っかっていく。なんてこともあっただろうか。

そして、時折行き過ぎた流行が生まれることもある。日本の90年代ファッションもオーバサイズが特徴で、それは何度もループするものだ。けど、あの極端な肩パッドは、もはや戦隊モノの衣装か、時代劇の裃に近いものを感じた。
同じ様に、極端に甘さに偏重した時代もあったし、旨味に偏重した時代もある。今は、旨味と脂肪の味がトレンドのように見えるし、ちょっと行き過ぎている気もする。

今日も読んでいただきありがとうございます。何が良いとか悪いということは無いと思うんだ。ただ、振り返ってみると「面白いなぁ」と思うんだよ。なんというかね。その時代にいる人にとっては、ちゃんと真剣に「良いなぁ」と思っているわけでしょう。だけど、別の時代から見たら「なんか変なの」って感じるんだ。人間の感覚って、面白いよね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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