今日のエッセイ-たろう

自然と「させられてしまう」ってことあるよね。 2024年7月19日

地元民にもあまり知られていないけれど、静岡県西部地方でも鱧が捕れる。捕れるんだけど、あまり買い手がつかない。面倒だし、鱧切りというちょっと変わった技術も必要だし、なにより「わぁい!鱧だ〜!」とテンションが上がるような消費者も多くはない。だから、一部の鱧好きの人が来店すると「え〜、地元でも食べられるの〜」と驚かれることがある。

鱧っていうのは、ほとんど捨てるところがない。まぁ、ほとんどの魚に言えることかもしれないけれど、ちゃんと手をかけさえすれば、ゴミは本当に少なくなる。調理法も幅広くて、比較的知名度のある鱧料理だけでも一冊の本ができるくらいだ。そんなだから、鱧が入荷すると仕込みがなかなか終わらない。もう諦めちゃっても良いんだけど、余さず下処理をしなくちゃいけないような気になるのだ。

自ら仕事をしているのか、それとも鱧に仕事をさせられているのかわからないくらいだ。

自分が主体者として行動を決定しているつもりだけれど、実は行動させられているかもしれない。という考え方があるそうだ。何と言ったか忘れちゃったけれど、椅子があることで椅子に座ろうという意志が生まれるというようなこと。どこかの駅で、「健康のために階段を使おう」と謳ったけれどあまり効果がなかったのだけど、階段を鍵盤に見立てて白黒に塗り分けて音が出るようにしたら、面白がって階段を使うようにしたという話がある。仕掛ける側から見れば、デザインだけど、使用者は「うっかりやっちゃった」という感覚だろう。

一度やってみたけれど、やっぱりエスカレーターの方が良いやっていう人もいるだろう。一方で、音が出なくなって階段の色も元通りに戻されたけれど、それでも階段を利用する人もいただろう。そうなってくると、「山に登るのはそこに山があるからだ」に近い心理状態にもなりそうだ。

誰かが頷いてくれると、とても話しやすい。適切なタイミングで頷いてくれて、ちゃんと顔を上げて見ていていろんな表情を見せてくれる。友だちと話しているときも、家族と話しているときも、反応があるから話しやすいってこともある。人見知りのつもりだったけど、〇〇さんだといろいろ話せてしまう。というのは、質問上手ってこともあるかもしれないけれど、頷きなどの反応のおかげで「話させられた」という状態なのかもしれない。

なにかのタイミングで、多数の人の前で話をしなくちゃいけない時がある。はじめてのときはとても緊張してしまって、うまく言葉が出てこないかもしれない。そんなときに、誰か一人でもニコニコしながら頷いてくれていると、とても話しやすい。「話させられた」という意識はないだろうけれど、乗せられたという印象は抱くかもしれない。少なくともぼくがそうだったから、講演会などで誰かの話を聞く時、それも慣れていない人が話すときには率先して反応を現すようにしている。

最初の一歩で調子に乗ってしまえば良い。いずれ回数を重ねていけば、大勢の前で話すときにやたらと緊張しなくても済むようになるかもしれないし、対処法がわかるようになるかもしれない。

案外、人が行動をするときって、「させられた」ことも多いんじゃないかな。それも、直接的な利益があるという理由じゃなくて、「嬉しい」とか「楽しい」とか「好き」という直感的な理由で。きっと「おいしい」っていうのも理由に入るよね。

牛乳の飲用を広告するのに、アメリカもイギリスも国をあげてプロモーションした。健康に良いとか体を強くするとか、美容に良いとか、有名人も飲んでいるとか。それはそれで、とても力強く社会に働きかけたし、海外にまで影響を与えるほどのものだった。ただ、「おいしい」とか「楽しい」っていうのは、そこまでのコストを割かなくても同程度の効果を発揮してしまうかもしれない。ミルクバーやミルクホールという娯楽が、大流行したのも現れのひとつに見える。

深いメッセージも大切だけど、もっとライトに軽やかに行動を促すものが強いのかもしれない。アイスクリームの消費量が落ちないのは、乳製品のなかの美味しさのエースといえるだろうか。まぁ、行動量が多いものと健康に良いものがバッティングしてしまうケースでもあるのだけれど。

今日も読んでいただきありがとうございます。たべものラジオを聞いていたら、つい食に関心を持つようになったとか、うっかり自炊するようになっちゃった。なんてことがあったら嬉しいな。掛茶料理むとうで会食してたら、話が弾んでより仲良くなっちゃったとか。嬉しい「させられた」が発生すると、やっぱりぼくもうれしい。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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