食産業の未来を考える。たべものラジオ的思考。2023年5月27日

もしかしたら以前どこかで話したかもしれないのだけれど、現代の食産業は、産業革命期のアーツアンドクラフツ運動の時期に似ているののじゃないかと思っている。簡単に言うと、産業が近代化した時にあらゆる物が工場で機械的に生産されるようになった。安価でデザインを置いてきぼりにした家具などが大量に出回るようになった時、ウィリアムモリスと言う人がそうじゃないだろうと言ったという話。生活の中にあって常に触れる物だからこそ、しっかりとしたモノが良い。社会全体でそういった生活が良いということを提唱したのだけれど、残念ながらウィリアムモリス商会の製品は一部の富裕層にウケが良く、彼の意志とは別の道を辿ることになったそうだ。

直近の食産業の様子によく似ていると思う。徹底的な効率化と、その効率的な生産体制の中でより良い食品を生み出していく。良い食品が生まれることは良いことだとは思うのだけれど、近代世界においては、そこに株主の利益が乗ってくる。特に、投資を行うことで配当をもらうということよりも、株の売買益を求める流れがドンドン強くなっているようだ。それは、現代だけを見るとよく分かりにくいのだけれど、少し時代を遡るとはっきり見えてくる。かつては、そこまで売買益重視でもない時代があったらしい。

最近のたべものラジオで砂糖の歴史を辿るシリーズを配信した。砂糖に見せられた欲望と権力の物語、である。1980年代のアメリカで、物言う株主が台頭。これによって、四半期ごとの利益をそれまで以上に強く求められるようになった。だから、人類の甘さに対する欲望をハックするような味付けが商品に取り入れられるようになる。

つまり、「良い商品」が誰にとって「良い」なのかが問題なのだ。

欲望をハックして売上を伸ばしたところで、その結果人類の健康に寄与して、なおかつ幸福感を増やすことに繋がっているのであれば全く問題などないはずだ。現時点で社会的に問題視されているのは、ハックしたことで売上は伸びるのだけれど、それによって消費者の健康を害する可能性がとても高いことを知っているからだ。知っていて、それでもなおやめられない功利主義のような現象が起きてしまっている。

世界は、今この時代になって立ち止まることを余儀なくされているように見える。善悪の問題よりももっと手前の段階。それは、食産業は何のために存在しているのか。誰のためにあって、社会がどのようになることを良しと考えているのか。そういった事に立ち戻って考えなければいけない、と世界中の人たちが気づき始めて動き出しているように、僕には見えている。

知人のスタートアップ起業家は、早々に事業を上場させた。よくあるスタートアップでは、上場はゴールとなることが多い。バイアウトして、次のステップに進もうとする。彼の場合は、そうではない。より良い食環境を描いていて、彼が作っている食品がその世界に近づくと信じている。そのためには資金が必要だから、上場してより多くの資金調達をしたい。彼にとって上場させることはゴールではなく、そこがスタートラインだということなのだ。

ビジネスの本質は、誰かの幸福のために存在する。貨幣を獲得するということは、すなわち他者に喜んでもらった対価である。そこに立ち戻る必要があるのだろう。というのが、ぼくの個人的な解釈。で、この加速主義とは正反対のような「立ち戻る」とか「見直す」「問い直す」ということに力を発揮するのが、人文学的な知見なのだろうと思う。

そういう意味で、今のぼくたちの社会が一体どういう状態なのかを知らなくてはならない。現代は、どこに依拠して成立しているのか。自分でも無自覚な部分に浸透している、質感のようなもの。それは、社会の流れは歴史文脈の中で知らないうちに受け渡された物なのだろう。リチャードドーキンスの提唱したミームというがそれにあたるのだろうか。

一度立ち止まって、この先の未来をどんな世界にしたいのか、そしてそのためには何が必要なのか、を再発見する。深く地中に食い込んだ柱は、無理やり横のベクトルを与えると折れてしまう。地中に深く刺さっているのは、僕たちの心や社会に伝承された「何か」なのだろう。とてもめんどくさい作業ではあるのだけれど、それを知って地上の部分をもう一度見直そう。植物は地上に伸びる部分が全てではない。

今日も読んでくれてありがとうございます。かれこれ10年ほどになるかな。父の起こした飲食店を経営するようになって、日本料理とは何か、日本の伝統とは何か、外食産業が存在する社会的な価値は何か、その中にある会席料理とは私たちにとって何なのか、をずっと考えてきた。それを知る手がかりを与えてくれたのは、食文化の来歴を知るということだったんだよね。最近になって、ようやく言語化ができるくらいにはなってきたかな。ギリギリだけど。

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