今日のエッセイ-たろう

まつろわぬ民が幸せに生きていく社会とはどんなものなのだろうか。 2023年6月8日

まつろわぬ民という言葉がある。帰順しない民族とか、隷属を拒む民族とかいった意味で使われる。日本でも中世くらいまでは当たり前だった。有名なところでは京都や堺の人たちは、権力に対してまつろうことを拒んでいたから、自治領として独立的だった。何かに所属していなければ生活の不安があるというのは、江戸時代に入ってから生まれた価値観なのだ。

所属していることが自分のアイデンティティそのものになる。そうすると、所属している組織の中で峻別される。ある価値観、つまりはモノサシで測られてランク付けされる。その社会の中では、ランクの高い人たちが力を持つし尊敬されるというわけだ。一つだけのモノサシで生きるということは、その価値基準に合わせて生きるということでもある。

江戸時代の武士ならば、どこかの家に所属していてその中で禄高の高低で尊敬の度合いが決まる。下級武士であっても、あの人は100石でこの人は50石という具合に、禄高で測られる。家柄というのも生まれた時から決まっていて、それはどれだけ長く組織に所属していたかで決まるモノサシである。農村ならば、どのくらいの石高を生み出す土地をもっているかが大切になる。モノサシの上位にいる人は、饗宴の席で上座に座るし発言力が強くなる。そういう社会が江戸時代に生まれて、そのまま近代現代と繋がっている。

江戸時代にまつろわなかったのは商人かもしれない。都会に住む人たちは、どこそこの長屋の者だというような所属はあったかもしれない。けれども、長屋住まいの人たちは、個人個人が事業主。なにしろ、江戸や大阪の商人の大多数は個人事業主なのだ。現代のような大きな会社なんてものは存在しない。大店であっても、せいぜい数十人程度の使用人が所属しているだけだ。もっと言って仕舞えば、お暇を頂戴しますとか言って自由に生きていくことだって出来たのだという。

現代の日本人は、その多くが子供の頃からどこかしらに所属している。所属していなければ浪人である。そもそも、浪人というのはどの家にも使えていない武士のことを言うのだ。どの学校にも所属していないことは、本来の浪人とは意味が違う。浪人は「ろくでなし」と呼ばれた。ろくでなしは、碌がないという意味で、所属していなくて安定した稼ぎのない武士のことを言うのだ。商人はどこに所属していなくても碌を生み出して生きていた。

自分なりにやりたいことを見つけ出して、まつろうことなく生きていく。時代によっては、まつろわぬことは命をかけることだったかもしれない。まつろわぬ人で有名なのは千利休だろうか。太刀の下にあっても断り申す。権力の下に屈することのないその精神は、堺の商人として生まれ育ったものだからこその強さだろう。

現代では、命を取られるようなことはないのだから、平和な世の中になったものだ。赤紙が届くことはなくて、断ることは容易だ。社会のどの組織に所属していなくても、それなりに頑張れば生きていける世の中。なんとも良い時代に生まれたものだとおおう。

若い時から起業していてすごいですね。というインタビュアーの言葉に、江戸時代なんて起業のほうが普通ですからね。商人が就職活動なんて聞いたことがないですよ。と答えていた友人がいる。まさにその通りだろう。

やりたいことがある。そのためには、力が必要。一人では出来ないから、思いを重ねられる人と一緒に成し遂げる。それが組織というものが生まれた最初の形であった。そんなふうにして、ほとんどの人たちがまつろわなかった中世には、それぞれに得意なことが違う尖った人がたくさん歴史に名を残してきた。名前が残らない人たちであっても、山を切り開いたり、土葬酒屋になったり、職人として一流になっていったりと多様な人材がいたという。

さて、こうしたことを思う時、ぼくたちの社会はどうだろうか。と思わざるを得ない。偏差値という謎の受験攻略能力をモノサシとして学生時代を過ごし、碌の多寡や肩書きが会社組織での人生を決める。時々、大企業の人にかなり上から目線で話をされることがあるのだけれど、肩書きだけで言ったらぼくのほうが上だからね。あなたは部長か専務で、ぼくは社長なんだから。そう言ってしまうと、なんだか変な社会だと感じるのではないだろうか。

モノサシなんてものはバラバラで自然なのだ。落語にもよく登場するのだけれど、長屋の熊さんは「あっしは学なんてものとは無縁なんですがね。なんか困ったことがあったら言ってくんなさいよ。腕っぷしの方は負けやしませんから。」なんてことを言う。交渉上手のお調子者もいるし、場を盛り上げる天才がいて、無口な職人がいて、勤勉な行商がいて、嫌味なキザ男子がいて、知恵者のご隠居がいる。それぞれが自分の生きる価値観のなかで自分を磨いている。だから、軽口をいったり馬鹿にしたりするけれども、ちゃんと仲間としてリスペクトし合いながら共存している。そう言う社会のように見える。

今日も読んでくれてありがとうございます。ぼくにはぼくなりのモノサシがあって、それを実現することが人生の幸福だと感じている。以前ほど禄高に興味がなくなってきたせいか、張り合う気持ちも起きなくなってきた。誰かの価値観に触れて「それ良いね」と言い合って、そんな関係の中で経済が回っていく社会って、どうしたら実現できるのだろうね。さっぱりわからない。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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