今日のエッセイ-たろう

のるかそるか?!空前の抹茶ブーム、茶産業はどうする。

全国にお茶の産地はたくさんある。とはいえ、市役所や県庁にお茶のことだけを扱う専門部署がある地域は少ない。静岡県内では、掛川市の他に島田市、藤枝市、それから静岡県庁。県外では鹿児島県の南九州市、佐賀県の嬉野市が有名どころだろうか。他の農産物から独立しているという点でみても、お茶が地域で重要な産品として扱われているかがわかる。
 
どこの行政区でもそうだけど、総合計画というものがあって、それにあわせて各部門ごとの中長期計画というものがある。計画の見直しがあるたびに関係者が呼ばれて策定委員会のようなものが結成される。いろんな意見を聞きながら、次の計画に反映させていこうというわけだ。ここ数年は、茶業や観光の文脈で呼ばれることが多い。

茶産業の現状

2025年の秋ごろから急激にお茶の価格が上がった。聞いたことがある人もいると思うけれど、海外で抹茶ブームが加熱したことによる影響だ。掛川市で生産されていたのは主に煎茶用の茶葉だから、抹茶ブームとは無縁に見えるかもしれない。実は、ペットボトル飲料などの需要も強まっていて、茶葉全体が不足気味になった。2026年になると、煎茶用ではなく抹茶用の茶葉を育てる農家が増えた。これによって、煎茶用茶葉の量が少なくなり、結果としてどちらの茶葉も価格が大きく上昇した。
 
ところが、大きな問題がある。そもそも茶畑が足りないのだ。
この10年ほどではあるけれど、市内の茶農家も製茶工場も減少している。
 
理由は至ってシンプルで、「お茶は儲からない仕事」になっていたのだ。もちろん、売上を伸ばし続けている製茶会社もあるし、安定的に経営を継続できている茶農家もいる。一方で、「お茶をやるよりサラリーマンのほうが良い」と判断する人も少なくなく、後継者のいない茶園も増加した。当時の現役世代も息子たちには「継がなくて良い」と言っていたという。茶園経営の苦しい状況を実感していたからだ。
 
この現象は、10年前に始まったわけではない。もっとずっと前からのこと。30年前には「後継者のいない茶園」は存在していたが、上の世代が現役だったから茶園が維持されていただけのこと。そして、高齢化とともに引退すれば茶園はあっという間に耕作放棄地に変わっていく。
 
茶葉の価格が上がったのは嬉しいことだけれど、タイミングが遅かった。作りたくてもすぐに使える茶畑が足りないのだ。一度駄目になった畑を復活させるのは容易なことではない。せめて10年前であれば、もしかしたら孫世代が跡継ぎになっていたかも知れない。そう思うと、茶処市民としては歯がゆく思う次第である。 

茶産業のマーケットイン? 

商品開発には「マーケットイン」と「プロダクトアウト」という考え方がある。誤解を恐れずに大雑把に言えば「お客さんが欲しいものを作る」か「生産者が作りたいものを作る」かである。
 
マーケットインの考え方には、大きく2つの流れがあると思う。ひとつは、「既に顕在化した大きな需要に対応する」ケース。もう一つは、「潜在的なニーズを見出して新たな価値を生み出す」ケース。ただ、抹茶ブームのように巨大な需要がすでに目の前に現れている場合、どうしても前者に人も資金も集まりやすい。
 
お客さんが既に欲しがっているものを作るわけだから、すぐに売上が立つと予測しやすい。失敗のリスクも少なくなる。抹茶が売れているのだから、抹茶用の茶葉を育てるし、茶工場も抹茶製造用の機械を導入する。投資リスクはあるけれど、回収できる可能性のほうが高いから転換しやすいのだ。
 
一方でデメリットもある。
既に欲しがっている人が多いということは、誰が見てもわかることだし、既に製造技術が確立されているもの。つまり、いろんな企業が業界に参入してくる。あっという間に競争が激しくなる。そうなると、質か価格で差別化をしていくことになる。高い品質で優位に立てれば、高級ブランドとして生き残っていくことも可能だろう。ただ、一般化した市場では、最終的には「安く大量に作れる側」が強くなりやすい。
 
現在、中国で大量の抹茶が生産されていて、日本のそれを大きく上回っている。価格の面でもずいぶんと安価に出回っている。価格と量の勝負となると、日本はかなり不利だろう。
 
一方のプロダクトアウトは、自分たちが持っている技術や資源、作りたいものを起点に商品を考える。その結果として、革新的な製品が生まれることもある。うまくいけば、そこから新しいマーケットを開拓し、一つの産業へ育っていくこともある。
もしそれが実現できれば、当面の間「価格と量」の競争にはなりにくい。先行者利益もあるし、ブランド化もしやすい。むしろ、「価格と量」のように単純に比較されない市場を作り出すこともできるかも知れない。
しかし、そう簡単にできることではない。簡単には出来ないから、世界中の起業家が「イノベーションを起こす」と言っているのだ。
 
茶産業に話を戻そう。
資料には「プロダクトアウトからマーケットインへ茶生産者の意識改革」と書かれている。これは一体、何を言おうとしているのだろう。

商品開発したことあった?

マーケットインへの方向転換の是非は一旦横に置くとして、真っ先に疑問に思ったのは「商品開発や新市場の開拓なんて、やっていました?」である。資料を読んでいくと、「生産者の論理で良い茶を作り、その先の市場については流通側に任せてきた。だから、もっと市場を見て商品づくりをしよう。」と言いたいのだろう。それは、このあとに続く「定期的に市場調査を実施」という文言から見て取れる。
 
つまり、ここで言うプロダクトアウトとは、「既存の生産・流通の枠組みの中で、より良い茶を作ることに注力してきた」ということなのだろう。
たしかにそのとおりだ。
 
しかし、「意識改革」の問題なのだろうか
茶産業は、基本的に分業構造になっている。茶農家が自ら製品まで担っているケースは少数で、荒茶加工や仕上げ加工、販売へと分業されている。分業化されると「誰が市場を見るのか」「誰が商品開発を推進するのか」という課題が現れる。既に、各プレイヤーはそれぞれに責任を全うしているのだ。もしかしたら「私のやるべきことではない」と思っているかも知れない。そういう意味では、意識の問題とも言えるかも知れない。ただ、構造的に「誰がなにをするか」を明らかにしていかないと、なかなか前に進まないような気もする。
 
「プロダクトアウトからマーケットインへ茶生産者の意識改革」。言いたいことはわかるのだけれど、なにやらモヤモヤしたものを感じている。本当に、それで業界が良くなるのか、と。 

どの道を選ぶのか

そのうえで改めて問いたいのは、「マーケットインを強化していく道を選ぶのか」である。もしここで言う「マーケットイン」が「巨大な抹茶ブームに乗る」ことならば、販売価格の決定権を手放すことにもなりかねない。
競合が増えることで、価格競争が起きる。それ自体は健全な市場だ。「どのくらいの値段で買うか」は消費者に委ねられている。多少高くてもいいから良いものが欲しいという人もいれば、そこそこの品質なら安いほど良いという人もいる。このバランスで市場価格は決まっていくことになるわけだ。その市場価格は、「これだけ経費がかかったから、この値段で売りたい」と言って決められるものではない。
 
「このくらいの価格でなければ、売り負けてしまう」
茶製造業の方から聞いたセリフだ。確かにそうなのだろう。だが、このセリフには続きがある。
「だから、農家から買う茶葉はこのくらいの価格でなければならない」
マーケットを維持するために、ちゃんと売っていくためにやっていることだ。そこに悪意はないし、業界のためという思いもある。おっかないのは、いつの間にか「農家の損益分岐点ギリギリ」まで至ってしまうこと。
 
昨今は、急激な物価上昇でわかりやすくなっているけれど、大抵の場合はじわりじわりと経営を圧迫していく。細かく観察していなければ、いつのまにか苦しくなっていたということになるだろう。きちんと財務管理を行っていれば気づくことができるかも知れない。でも家単位で経営を行っている農家では、税務上の帳簿はつけていても、「常に、茶葉1kgあたりの原価や設備更新まで含めた採算を把握しておく」なんてことは難しいようだ。
 
商品開発を行うのも、既存のシステムを改善していくのも、どちらの道を選んでも平坦とは言えない。ならば、現在絶好調の抹茶ニーズに対応していくというのは、悪くないのかもしれない。
ただ、この世界的な抹茶市場が、今後定着するのか、それともブームで終わるのかはわからない。ブームが終わる時は、驚くほど急激に市場が萎んでしまうものだ。
歴史を振り返れば、日本の茶sン業自身がそれを経験してきた。
 
かつて、日本のお茶が輸出で盛り上がった時期があった。明治期や戦後は、グローバルマーケットで日本茶がよく売れていたのだ。けれども、その熱が冷めた時、大量のお茶を生産していた静岡県は大変困ったことになったのだ。
農地や工場、物流、パッケージなど、多くのインフラは、大量の需要を前提に組み立てられていた。その需要がパタリと止まった時、既存の巨大インフラだけが取り残されることになる。生産力はあるのに売れない。
 
こうした状況を踏まえたうえで、掛川の茶「産業」はどうするのか。というのが問いである。
個別の企業ではなく、群としてどうするのか。
 
企業ならば、抹茶ブームに乗るという判断は合理的かも知れない。しかし、「地域産業」は、農地・人材・製茶設備・流通・文化・景観までを含んだ「集合体」である。各社の合理性を足し合わせたところで、地域産業全体の合理的回答になるとは限らないだろう。
 
繰り返しになるけれど、だから「群としてどうするのか」という視点が大切だと思っている。
そう軽々に「プロダクトアウトからマーケットインへ」という答えを導き出せそうにない。と感じているのはぼくだけではないと思うのだが、どうだろうか。

今日も読んでいただきありがとうございます。

抹茶需要に対応しながら、一方で市場開拓を進めていく。というのは、なかなかハードルの高いコトだとは思うんだけど。それでも、その道を進むしか無いんじゃないかと考えている。たかがお茶のこと、と思うかも知れないけれど、茶は歴史を動かすほどの力を持った農産物なのだ。茶に注目が集まっている今だからこそ、挑戦するタイミングなのだろうと思う。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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