今日のエッセイ-たろう

都会的食生活が十分に行き渡った世界。 2024年5月29日

都会の仕事はとてもハードだ。大黒柱である父親だけでなく、母親も子どもたちも働いていた。そんな状況で、時間をかけずにササッと食べられる食事は大いに歓迎されることになる。

産業革命以降の「都会」で起きた現象。それは、ロンドンでもパリでもニューヨークでも同様だった。これを社会背景にしてケロッグやポストがシリアルを発売してアメリカの朝食風景を一変させることになったわけだ。効率よく大量生産することは、その産業構造が「儲かる」ということもあるけれど、都会の人たちの生活を支えるために必要だったとも言える。ハインツもゲイル・ボーデンも、マクドナルドも、19世紀後半から20世紀に登場した巨大食品産業というのは、この「都会生活」が前提になっている。

じゃあ、この時代の「地方の食生活」はどうだったのだろうか。朝早くから働いてミルクを絞り、土地を耕し、農業に従事する人たちもいただろう。地方の町というコミュニティの中で循環する経済圏で、肉をさばく人や、それを調理する人、パンを焼く人、新聞をつくる人、配管を直す人など、様々な人たちはどんな暮らしをしていたのだろう。歴史の教科書でも、食文化史の書籍でもあまり語られることのない風景だ。

全くの自給自足ということはないけれど、商圏の小さい地域では地域内で生産された食物が地域内で消費されていた。外題風に言えば地産地消。もちろん貨幣経済社会ではあるから交換関係が成立していただろうけれど、どこかにまだ融通関係も同時に成り立っていたようなイメージが有る。産業生産性という観点から見れば非効率な経済社会ではあるけれど、朝食をゆったりと味わうくらいの時間はあったのではないかと思う。食材は貧相でも、シリアルほどは簡便なものじゃなかったのではないだろうか。ステレオタイプなのだろうけれど、そんな景色を妄想するのだ。

さて、日本にはどの程度「地方」が残されているだろうか。もちろん、掛川は都会とは言えないほどの小さな地方自治体だし、東京などのような都会とは呼べないかもしれない。ただ、産業革命以降に現出した「都会的生活」が多くを占めているはずだ。朝はせわしなく、時間に追われるようにして職場や学校へと向かうための準備を余儀なくされる。数分、もしかしたら秒単位での効率化に挑戦しているかもしれない。食材は、金銭による交換で得るしかない。そういう家庭のほうが圧倒的に多いのじゃないかと思う。都会的かどうかではなくて、都会的な生活環境という意味では、地方自治体も多くは都会と呼べるかもしれない。

人口50万人前後の地方都市は日本各地にある。これは、産業革命期のロンドンやニューヨークに匹敵する規模だ。掛川というまちは12万人を少し下回る程度だけれど、それだってけっこう多いはず。だいたい、国土の8割が森林や川というのが日本なのだから、どうしたって人口密度が高くなってしまう。結果として都会的な生活をする人口が多くなるということかもしれない。

さて、食料は必ず購入しなければならない、ということは一旦横に置くとして。朝の「時短こそ正義」はどうにかならないものかと思うのだ。時間をたっぷり使った贅沢な朝食が良いと言っているわけでもないし、その分早起きすべきだと言いたいわけでもない。ただ、温かい味噌汁とご飯とちょっとしたおかずを囲んで、少しくらいは家族とゆっくり会話するくらいのゆとりがあること。

そんなことはとっくに日常にあると言うのならば、それは素敵なことだ。ただ、そうではない人がたくさんいることを耳にする。豊かな朝の時間が、日本中の当たり前になるにはどうしたらよいのだろう。という余計なことを考えてしまうのは、近代から現代にかけての食文化史を学んだからだろうな。

今日も読んでいただきありがとうございます。世界中の家庭には、「名前のない料理」がたくさんあるんだよね。味噌汁だって、名前があるように思い込んでいるけれど、味噌で味付けた汁物っていうだけで、名前なんてないようなもの。レシピなんて存在しないほうが自然なくらいの料理だ。あるものを食べられるように工夫しただけの料理。そういうのが、ぼくは好きなんだよね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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