今日のエッセイ-たろう

天然と養殖のはなし。2022年10月8日

ジビエというのはフランス語だったかな。正確な意味は知らないのだけれど、とりあえずは野生動物の肉料理みたいなイメージ。この単語が存在している事自体が、実はスゴイことなんだよね。だって、動物って基本は野生でしょ。人間も野生生物のまま、他の動物に飼育されているわけじゃないからね。

基本的に食肉は養殖されているものだ。これが前提になっているわけだ。確かに麦文化圏では、麦とセットで牧畜が行われるようになった。もうずっと昔。メソポタミア文明でシュメール人が闊歩していた頃よりも前のことらしい。ウシやヒツジやヤギは、ガラス繊維の多い葉っぱを食べることが出来る。穀物の葉っぱは手が切れるくらいにガラス繊維が多いからね。麦を取ったあとの葉っぱを食べることも出来るし、麦の仲間は比較的乾燥地帯で強く成長することが出来るから都合が良かったんだよね。

けれども、肉を食べることは稀だった。家畜の恩恵の中心はミルク。そりゃそうだ。肉にしてしまったら、ミルクを生産することが出来ないんだから。貴重な財産を廃棄するに等しいわけだ。だから、ウシやヒツジの肉は贅沢の象徴になったんだろうね。

そんな時代に、遠慮なく食べることが出来る肉といえば野鳥や野ウサギ。つまりジビエなんだ。ジビエの方が普通。こっちがデフォルトだったはずだよね。

17世紀から18世紀にかけてジ、ヨーロッパにャガイモが普及したおかげで家畜が増えた。ジャガイモを食べるブタが大量に「生産」されるようになったし、人間が麦に依存しなくても良くなったことで、麦を食べるウシも「生産」量が増えた。で、いつの間にか「普通」が逆転してしまったわけだね。そして、これが今環境問題に大きな影を落としている。

養殖と天然。日本でこの言葉を聞くと、重宝がられるのはどっちだろう。養殖の鯛と、天然の鯛。その言葉から受ける印象は、圧倒的に天然のほうが良いという人が多いはずだ。なにせ、日本では養殖しようという発想がほとんどなかったからね。海での養殖は大変だし、そもそも肉牛を育てて食べる文化がなかったんだ。当然の結果。だから、養殖のウシを食べているというのは、かなりイレギュラーな時代なんだろうな。

ところで、養殖よりも天然のほうが良いとされているのはなぜだろう。ウシは良くて、魚介はダメな理由はなんだと思う?答えは単純で、天然のほうが断然美味しいからだ。以前、鯛の養殖業者の方や、フグの養殖業者の方に「天然に負けない」とか「天然より美味しい」と言われたことがある。ごめん。実際に食べたけれど、正直な所、それは言い過ぎだろうと思った。残念ながら、天然物にまだ追いつけていない。全ての養殖魚を食べ比べたわけじゃないけれど、なんだろうな。今のところ、天然を超えるものに出会っていないんだよなあ。例外的に、質の悪い天然物と比較したら養殖のほうが美味しいということはあるけどね。

なにが違うかって、旨味と身質。油ののりは圧倒的に養殖の方が良いんだけどね。それは当たり前のことで、人間に置き換えたらメタボにすれば簡単に油が多くなる。メチャクチャ単純化してしまえば、餌に脂質の高いものを多く含ませれば良い。

旨味の元になっているのは、もちろんタンパク質。養殖の場合は、これを餌でコントロールしようとする傾向が強いらしいんだ。でも、実際の所お客様が「ウマイ」って言ってくれるのは、引き締まった筋肉なんだよね。だから、ホントは厳しい環境で運動させて、マッチョな体にしなくちゃいけない。適度なストレスがあった方がいい。なんだけど、これをやると成長が遅くなる。成長って言うと、ややこしいな。体が大きくなるのが遅くなるんだよ。筋トレなんかしないで、ガンガン食べれば太るでしょう。その方が早く大きくなる。多くの養殖で行われているのはこれなんだよね。だから、味の面では、どうしても天然物に軍配が上がるわけだ。

フグやタイが古来から美味の代表格を担ってこれたのは、全身が筋肉質。しかも速筋の塊だからだ。どうやら、速筋のほうが熟成させた時に発せられる旨味が強いということなのかもしれない。適度な熟成をすると、その差がはっきりするんだけど。なかなか、食べ比べることってないもんね。

急いで大きくすると、大味になる。木に例えるなら、年輪の間隔が広くてちょっとスカスカした感じ。養殖でも味を追求すると、もっと時間をかけた育成方法になる。実際に、スペインのルビアガレガという肉牛は出荷されるまでに15年くらいかかっているんだとか。超高級肉となっているのだけれど、それは間違いなくウマイらしい。なにせ、山ふたつくらいが牧場で、そこに放牧しているだけなのだ。あとは、餌となる植物が健康に育つように管理するだけ。これは、ほとんど天然と言っても良いのかもしれない。

だけど、これだと生産効率がかなり低くなるよね。だから、美味しくても高額になってしまうのだ。養殖には養殖のメリットが有る。生産効率が高いから、食料を安定供給することが出来る。それに、品種改良などで人間が手を加えることで、安全でそれなりに美味しい食材を「工場的」な仕組みで生産可能なのだ。これ、実は農業も同じことが言えるよね。野生の草花だけで、数十億人の胃袋を満たし続けるのは困難なのだ。

となると、どの辺りで折り合いをつけるのかって話になるんだよね。

今日も読んでくれてありがとうございます。うまいものは高い。この「ウマイ」に価値を感じる人が少なくなると、専門料理店は付加価値が消し飛ぶんだろう。一生懸命うまいものを作っても売れないから、生活ができなくなってビジネスモデルを変えなくちゃいけない。一方で、全員が究極のメニューしか食べなくなったら地球は簡単に崩壊する。うーむ。どうしたもんかねえ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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