今日のエッセイ-たろう

日本の食文化とこれからの世界。 2023年7月21日

たべものラジオの最新シリーズは「そば」。落語と絡めながら歴史を振り返っていくと面白いだろうなと気軽に始めたのだけれど、これがなかなかどうして奥が深い。

麺としての蕎麦。正しくは、蕎麦切りなのだけれど、いつの間にか省略されてしまって「そば」とだけ呼ばれるようになった。蕎麦というのは、本来植物名のことなのだけれど、植物としての蕎麦と言った具合にわざわざ修飾しなければならなくなってしまっている。ややこしいことだけれど、それほど「麺」が定着したということだね。

麺というのは、実に仏教と縁が深い。以前、豆腐についてのシリーズをやったけれど、全く同じ理由で存在していて、それが民間に広まったものなのだ。もう少し、明確に解説してみよう。

日本に禅宗が伝えられたのは12世紀の終わり頃からである。曹洞宗や臨済宗が日本に伝えられた。歴史の教科書的にいえば、鎌倉仏教。それまでの仏教と違うポイントは、「国家の安寧のために祈る」のか「自らのライフスタイルに取り入れる」のか、というところ。細かいことを言い出すときりが無いので、ザックリいうとそういうことだ。

仏教信仰をライフスタイルとして取り入れていくと、その戒律や文化なども日常に入り込んでくる。これがポイントだ。自然な流れとして、肉食から離れて草食文化が一般化し始めるということになる。初めは武士階級だったが、徐々に裕福な商人へと広がり、江戸中期になる頃には江戸の庶民にも広まった。

もうひとつ。禅宗はとにかく食に対して高い価値観を置いている。日本に曹洞宗を伝えた道元は、赴粥飯法という書物に、食材の選び方や調理や食べ方に至るまでの作法や心構えをまとめている。それまで、調理というのは下働きのやることだという感覚だったのだが、禅宗の寺院においては高僧のやるべき仕事となった。これが「食を重んじる精神」となって、一般化していくのだ。

肉食をやめて、なおかつグルメな思考がここから進んでいく。「グルメな日本」はこうしたところから生まれたのだろう。動物性タンパク質の代わりに主役になったのは、もちろん豆腐である。そして、米とともに新たな主食として活用されるようになったのが麺。

麺がなくとも米があるのだから、必要なさそうな気もするのだが。意外なことに、禅宗の伝来以前には麺類はほとんど見られない。石臼や水車といった技術的な発展と普及があったからこそ麺類が広まったのは事実。ただ、もうひとつ麺には儀礼的な「おもてなし」の意味が強くあったからこそ広まったという部分もある。そして、消化吸収の良いエネルギーとしても重宝したこともある。

豆腐も麺も、手のかかる料理は「ハレ」という「特別」な食事なのだ。ただし、大きな弱点がある。動物性食品が持っている「美味しさ」がない。なんとも淡白な味である。さらに、ナトリウムが決定的に不足する。肉や魚を食べるというのは、動物性タンパク質を接種するのと同時に塩分の接種でもあるのだ。だから、塩から直接塩分を取らなくちゃならない。これが、引き金になって塩田の発達や塩の道、醤油の量産へと繋がっている。

かなり話を簡略化してしまったのだが、蕎麦というのは「消化の良いカロリー源である麺を食べる」ことでもあり、「醤油という旨みたっぷりのナトリウムを接種する」ことでもあり、それらを「出汁で美味しくいただく」ということである。しかも白米に不足しがちなビタミンまで接種できるし、トッピング次第でさらなる栄養を付け加えることも出来るのだ。

蕎麦も「寺が起点」なのだ。制約がある中で、高い水準のものを求められる。そういう環境であればこそ、魔改造文化は俄然力を発揮する。ひとつを作り上げたら、その用途を変化させて新たなものを作り上げる。そういうことを繰り返し続けた結果、手軽に食べられる「そば」が形成されたのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。あくまで持論だけどね。肉食無しでグルメを作るって、今世界中で取り組んでいることだよね。それって、日本ではもう何周も周回を重ねてきたのだと思うんだ。日本の技術とか知識とか発想って、これらかの世界にとって必要なものなのじゃないだろうか。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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