「弱」という名を与えられた楽器。 2023年9月29日

「ギガが足りない。」という表現があるらしい。意味はわかるのだけれど、違和感があるんだよなあ。ジェネレーションギャップなのだろうか。いやいや、ギガって単位ですらない。日本語で言えば「億」とか「万」とかの桁でしかないのだ。「億が足りない」「万が足りない」と言っているのと同じってことだよね。

「もう少しキロがあればなぁ」というのは、一般的に通じるのだろうか。もしかしたらボクシングの軽量などで、規定重量に届かなかったときならかろうじて伝わるかも知れない。まぁ、キロ単位で足りないなんてことはなさそうだけど。もう少し平地を確保できれば飛行場を建設できるのに、滑走路を設置するには足りない。なんて場合にも通じるのかな。会話しているときなら「距離」と聞き間違えられそうだ。さすがに「キロバイト」の意味で使われることはないか。今は通信の量は大きいので「キロ」という単位は細かすぎる感じがする。

変なところで省略してしまったものだ。他にも似たようなものは無いかと探してみたけれど、「キロが足りない」という表現では使われていないような気がする。ただ、どこそこまで何キロ、時速何キロといった表現はメートルを省略したものだし、生涯年収何億というのは円を省略したもの。そのものの本質部分を省略してしまうという例は他にもたくさんありそうだ。

子供の頃からずっと気になっているのは「ピアノ」。学校の音楽の授業で「フォルテシモ」「ピアノ」という記号を習ったときのことだ。楽器のピアノと同じだなんて、またややこしい音楽記号を作ったもんだなと思ったんだ。で、調べてみるとおかしなのは楽器の方だった。

ピアノの原型を発明されたときの名前は「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」だそうだ。弱い音と強い音を表現できるチェンバロ。これが省略されて「ピアノフォルテ」になって、気がついたら「ピアノ」になっちゃったらしい。そう言えば楽譜上で楽器を表すときにはピアノを「pf」と書くんだよね。ギターは「gt」、ドラムは「dr」なのに、なんでピアノには「f」がつくんだろうと思ってたんだけど、それは「ピアノフォルテ」の略だったんだね。

日本語に直訳すると、「弱強」が省略されて、現代では「弱」と呼ばれている。というのがピアノ。ピアノ奏者を表す「ピアニスト」はどうなるんだ?「弱者」だと全く違う意味になってしまうよね。ドイツ語では「ハンマークラヴィーア」がピアノ。ハンマーで弦を叩く鍵盤。クラヴィーアが鍵盤という意味なので、略してクラヴィーアと呼ぶのが一般的だそう。確かに、そうだなと思う。

イタリア発祥の楽器で、イタリア語でもフランス語でも英語でも「ピアノ」なのに、ドイツ語だけ本質的っていうのが面白いよね。性格なんだろうか。

そうそう。パンデミックでみんながマスクをしている時に「鼻マスク」っていう言葉があったよね。驚くことに、PCなどで文字変換をするとスムーズに「鼻マスク」が表示される。一般語彙になってしまったみたいだ。けれども、よくよく考えてみると変だよね。文字面だけを考えれば「鼻だけにマスクをして、口を出している」のが「鼻マスク」になるんじゃないだろうか。だからといって、「口マスク」に置き換えると、ほとんど何も伝わらない。ということは、マスクは口にするものだという認識があるってことになるのか。面白い。「口と鼻を覆い隠すもの」ではなく「口を覆うのがメインで鼻はおまけ」みたいな感覚がどこかに潜んでいるのかもしれない。

本当にどうでも良いことをつらつらと書いてしまった。雑談のネタを文字起こしすると、滑稽でしかない。

実は、この思考は案外大切なんだよね。歴史、特に庶民生活の歴史を紐解くときに役に立つ。先の鼻マスクの事例にしても、その時代の多くの人たちが「共通のイメージ」を持っているから伝わるんだ。文字通りの意味ではなくて、イメージの共有が優先された言葉なんだね。で、同じようなことがたくさんあって、時代の変化とともにイメージが共有されなくなってしまう。だから「二八そば」の「二八」ってなんだろう?っていうことになる。きっと、はじめの頃は、流行発信源の界隈では共有のイメージがあったのじゃないかな。文字だけが広まった結果、なんだかわからなくなっちゃった。

今日も読んでくれてありがとうございます。どうでも良さそうなことなんだけど、気になるような癖を付けておく。というか、元々の癖なんだろうね。言われてみると、たしかに変だよねってことあるじゃない。そういうのに、なるべく気がつくようにしているんだ。そんなところをきっかけにして、当たり前だと思っていたことが違って見えてくることもある。

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