「日本らしさ」の根っこはどこだ? 2022年11月11日

日本料理の様式の変遷を勉強していて、いくつか気がついたことがある。今回のテーマの中で、ずっと気になっていること。それは、日本らしさってなんだろうということなのだ。日本に生まれて、日本人として生活していると、世の中にある慣習や文化を当たり前に受け取ってしまう。それはそれで、全く問題ない。文化っていうのはそういうものだから。ただ、ことビジネスだったり、海外への発信ということになると、その当たり前を改めて認識し直す必要があるんだと思うんだ。言語化するとかね。

そんなふうにして、平安時代から現代に至るまでの日本料理の変遷を勉強してみた。やっぱり、日本独自の「思考のくせ」みたいなものがありそうだな。そう感じるんだ。

外部環境的な要因として、気候や地理的な条件がある。平安中期以降に登場した国風文化では、寝殿造りという建築が流行した。これは、おそらく気候的な条件が強く作用したのじゃないかと思うんだ。元々、奈良時代には竪穴式住居や高床式住居が中心だったわけだ。そこに、大陸文化が流入することで、一旦は唐風様式にはなる。思いっきり唐の建築を真似る。なのだけれど、やっぱり元から存在していたスタイルに戻っていったんだよね。寝殿造りの特徴を眺めると、どうも高床式住居の特徴を継承しているように見えるから。

これは、大陸の気候環境に比べて、日本の気候はウェットだということ影響しているんじゃないだろうか。ジメジメしている。床下を作って風の流れを作ってあげたほうが快適。ということを、経験的に知っていた。やっぱり高床式住居の方が快適かもね、って。で、唐風様式によって得た知見を使って、高床式住居をバージョンアップしてみたら、結果的に寝殿造りになった。そんな感じなのかな。

平安時代は、現代よりも気温が高いしね。温暖湿潤気候というよりも亜熱帯に近い気候だもの。

とまぁ、気候や地理条件が重なって、日本らしさを形成している。それはそうだ。どこの国や地域でも同じことが言えるだろう。生物学っぽく言えば、それぞれのニッチに適応していったということなのかな。ニッチっていうのは、生息環境みたいなことよね。もちろん、これは生物進化ではないのだけど、同じ概念を使えば社会がニッチに適応したとも言えるだろう。

ここまでは良い。なんとなく理解が出来た。なんだけど、思考方法の特徴に「侘び」があるのがよくわからない。村田珠光、武野紹鴎、千利休らによって確立されていった「わび茶」が、侘びの概念の代表格だ。物足りない景色も風情があって美しいよね。そういう、美意識。いや、正確には違うな。物足りない風情を美しいと捉える心の有り様だ。そう、外側の景色のことを言っているわけじゃないんだよね。自分自身の心の状態が、その根幹にあるんだと思う。

じゃあ、この精神性は一体どこからやってきたのだろう。おそらくは、日本独特の美意識に繋がるものだろうし、日本らしさを形成する思考なんだと思うんだよね。

武野紹鴎は、藤原定家の和歌「見渡せば花も紅葉もなかりけり、浦の苫屋の秋の夕暮れ」を侘びの説明として引用したそうだ。と、そこで気がつくのは、わび茶は新しい思想ではないということだ。武野紹鴎の時代からおよそ400年の昔には、すでにあった感覚。これを、茶の湯と結びつけた。そして、それが禅の思想と相性がよくマッチした。そんなところじゃないかな。

そう考えると、古事記や万葉集の時代に心は遡る。まぁ、そこまではいかなくとも国風文化の時代にヒントが有るのかもしれないよね。なにせ、国風文化は、外国文化の影響を受ける前の古代日本思想を反映しているはずだから。古代史を読み解くには、いささか情報が不足している。遺跡から発掘されたものから類推するか、中国人が書いた書物から類推するか、という方法くらいしか無いからね。記録がないんだもの。どうせ類推するなら、もっとも影響を受けた二次創作から類推することだって可能だろうと思うのだ。それが、国風文化のころじゃないかと勝手に当たりをつけている。

だとするなら、枕草子なんかは面白い。清少納言が書いた文章は、そのほとんどが当たり障りのない日常のことを描き出したと言われている。ただ、その圧倒的な文章力によって、美しく彩られているだけなのだ。たしかにそのように言われているし、ぼくもそう思っている。そこは、まぁ素人学問なのだけど。

ただね。古代から続く日本らしさは、そういった些細な日常や、その捉え方にこそ宿っているのかもしれないとも言えるんじゃないかな。どうなんだろう。

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる 雲のほそくたなびきたる。

夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行く とて、三つ四つ、二つ三つなど、飛びいそぐさへあはれなり。まいて雁などの つらねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音、虫の 音など、はたいふべきにあらず。

冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、また さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るもいとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。

初めて枕草子を読んだのは中学生だったかな。中学生の日常会話の中では、冬は寒いから夏のほうが好きだとか、春が好きだとか、秋が好きだとか、そんな話が出ることがある。こういった感覚で枕草子を読んだから、「結局、全部良いって言っているだけじゃん」って思ったんだよね。しかも、ただ見える景色を書き出して、私はこういうところが好きよって言っているだけ。そんなの知らんし。どうでもいいわ。くらいに思っていた。

ところが、今になって。そう、まさに今になって、気がついたのね。これこそが、侘びに通じる精神性そのものじゃないかと。あるがままの姿の中に、それだけが持っている美を見出す。実は、この文章メチャクチャすごいことなんだ。って。

千年以上前の文章のすばらしさを、数十年かけてやっと理解しかけているかもしれない。

今日も読んでくれてありがとうございます。別にルーツを探ったところで、あんまり意味ないかもしれない。ちょっと面白そうってだけかな。ただね。この侘びって、元々はアニミズムからやってきている気がするし、侘びもアニミズムも現代にまで通底する日本らしい思考になっているんだよね。変遷以前のルーツをたどれば、まじりっけなしの純粋な気持ちにたどり着くかも知れないって思うんだ。まぁ、ここまでいくとロマンだよね。

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