今日のエッセイ-たろう

「生」なんちゃらって多過ぎやしませんか。 2024年1月31日

日本中のあちこちで、「生」がブームになっている。それも最近のことじゃなくて、けっこう長いこと続いているような気がする。「日本人は生が好きだからね。だから刺し身があるんだよ。」なんてことを聞いたけれど、どうも腑に落ちない。生食をするのは日本人だけのことじゃないのだ。

海外の人、特に欧米の人にとっては日本人が魚を生で食べることに驚きがあるという。今でこそニギリズシのおかげで海外でも知られるようになったけれど、これをもって野蛮とする論調もあったらしい。その割にカルパッチョなどという生の牛肉を食べる文化はあるし、野菜だって生で食べる。牛乳を乳製品に加工せずにそのまま飲む文化が定着したのは西欧のことだ。日本人だけが「生」が好きだというわけでなさそうだ。

「生」ということは、すなわち「鮮度が高い」ということでもある。鮮度が高いからこそ生食が可能。それは、特別で素晴らしいことなのだ。そんな感覚が奥底にあるのだろうか。聞けば、野菜の乏しい地域だからこそ、生野菜が貴重で贅沢だったのだそうだ。ホテルでもレストランでも、高級と名のつくところでは新鮮なフルーツが用意される。王族の晩餐会にも登場するイメージがあるのだけれど、それも同じ理由だったのだろうと思いを巡らせている。

日本で刺し身が人気になった背景には、それそのものの味が良いこともあるだろうし、醤油の発明や調理技術の進展も影響しているだろう。それと同時に、乾物や発酵食品だったはずの魚介類を生で食べられることに喜びを見出したからだろうと思う。

本当に素材が良くて、素材そのものの良さを味わいたいのなら、なるべく手を加えないほうが良い。自然信仰とも繋がりそうな思想的な背景も感じられる。

ところで、現代の世の中にはどれほど「生」がつく食べ物があるのだろう。一般に知られる名称も有るが、戦略的にそう名乗っているということもある。

生ビール。生酒。生卵。このあたりは、まぁ文字通り非加熱を表現している。そういう意味では生米や生麦も同様だ。妙なのは生餅。すでにそれは生ではない。もち米を蒸してついたものじゃないか、という気持ちが湧いてくる。いや、餅という存在に生まれ変わったあとに乾燥も加熱もされていないという意味ならば生と言えるのか。

生茶。生どら焼き。生食パン。果ては生ドーナッツまであるらしいのだが、正しく非加熱だとしたら、食べるのは遠慮させていただきたい。どら焼きも、食パンもちゃんと焼いてほしいし、ドーナッツは揚げて欲しい。生の小麦粉は美味しくなさそうだし、お腹が痛くなるのはゴメンだ。

ちょっとややこしいのは生クリーム。元々は本当に生の牛乳から脂肪分を抽出したものだったのだろうけれど、パスツールさんのおかげで低温殺菌されることになっている。これは、加熱したことにはならないのだろうか。日本酒の生酒と同じ法則で考えれば、生クリームは生ではない。

あれこれと考えてみて、どうやら「生」という言葉にはいくつかの意味があるような気がしてきた。そのうちの一つは非加熱である。それ以外に、新鮮とか新しいという意味がありそうだ。生茶はメーカーがつけた商品名だけれど、ぼくらは名前から新鮮さを感じている。

これとは別に、純なイメージもある。生一本という酒の表現があるように、純粋で混じり気がないことだ。そういえば、生粉打ち蕎麦も混じりっけなしの100%そば粉で作られたそば切りのことだ。

生食パン。生ドーナッツとは、一体なんだろう。非加熱でもないし、新鮮というイメージもない。だからといって、純粋で混じり気がないというのも合致しないような気がする。人気店の口コミなんぞ見てみると、「しっとり」という表現がやたらと目につくが、なにか関連があるのだろうか。強引に妄想をするならば、乾麺に対して生麺があるような感覚で捉えているということなのか。どうなのだろう。

今日も読んでくれてありがとうございます。もしかしたら、現代人は新しい「生」の使い方が誕生した時代に生きているのかもしれないよ。いや、昔からあるのかどうかは知らないのだけれどね。とりあえず言えるのは、日本人の「生好き」はRawに限らないということは間違いないだろう。FreshでPureなものが好き。それって、みんな好きなんじゃない?

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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