今日のエッセイ-たろう

「社会不安」という言葉の奥にある感情にリーチする。2022年12月25日

どうやら食文化の発展と経済状況は関係がありそうだ。そんなことは当たり前と言ってしまえばそうなのかもしれない。ただ、どんな関係があるのか、についてはきっちりと説明された文献に出会ったことがない。あるのかもしれないし、無いのかもしれない。

基本的には景気が良いときに食文化は多様化している様に見える。進化というよりも、とにかくバリエーションが豊かになっていく印象。もともと原型があって、それを改造した派生形が登場する。もしかしたら、当時はそんなものは邪道だと言われたかもしれない。

押し寿司だったスシは、露天で切り分けるのが面倒になって、予め準備段階で個包装するようになった。そこまでは、押し寿司のままだ。装丁を変えただけだと言える。どうせ個包装するのであれば、小型の押し寿司にすれば良い。これもまだギリギリ押し寿司。そのうちに押すことをやめて包むとか巻くといった外観だけが取り上げられていく。海苔巻きやいなり寿司の登場だ。ここまで来ると、もう押し寿司ではない。

つい、これを同一直線上の変化のように感じてしまうようだけれど、そうではない。全ての派生形が並行して市場にあるのだ。この状態が登場するのが、景気が良いときに見られる傾向。景気が良いときは浮かれる。社会全体が浮かれ調子とでもいうのか、一種の躁状態になっているのかもしれない。浮世絵とはよく言ったものだ。菱川師宣の錦絵は、浮かれた世を移した絵となり、後に浮世絵と呼ばれるようになったという話を聞いたことがある。

案外、このあたりの感覚的な浮かれっぷりを理解するのが難しいのかもしれない。少し上の世代の人たちは、まさに浮世を経験している。昭和のバブル景気だ。私が社会に出た頃は、バブル崩壊後であるので、好景気を肌感覚では理解できていない。なんとなく、映像や写真や聞いた話から想像するしか無いのである。

これと同様に、近代以前の不景気も想像が難しい。比較的近い時代であるはずの近代でも、だ。戦時中は明らかに違うことはわかるのだが、それ以前の景気動向と世の中の雰囲気との連動性がわかりにくい。それは、当時の経済状況のベースが現代とはあまりにも違うからなのかもしれない。

現代の日本社会では、いくら景気が悪くなったとは言え、生活自体が崩壊することは稀だと思っているだろう。かなり極端な話だけれど、国内のお金が足りないのであればお金を作り出せば良い。もちろん、それが簡単にできないことも、善し悪しがあることもわかる。極論すれば、のはなし。

景気後退はデフレと相関関係があるようにみえる。物価が上がらない状態。安く買えて良いように聞こえるかもしれないが、同時に一生懸命に作った商品の価格が上がらないということだ。商品の価値と通貨の価値のバランスで言えば、通貨の価値のほうが高く設定されている状態。通貨の価値を下げてバランスを取るのならば、商品の量を減らすか通貨の量を増やすかのどちらかになる。管理通貨制度の現代で、無茶をするならお金を増産することも可能なのだ。

こうした、ある種の奥の手が全く使えないのが近代以前の経済状況。それが金本位制だ。正式に金本位制を導入したのは明治の中頃だっただろうか。それ以前は金銀複本位制。いずれにしても、金や銀の保有量と通貨はイコールで結ばれている。貴金属の絶対量が足りなくなると、必ずデフレ不況が発生する。

金や銀は山から採掘される。それ以外に増えることはない。鎖国中の日本であれば、それでも金の含有量を減らすことで通貨の量を増やすことが出来た。けれども、国際社会で売買が行われるようになると、そうしたことも出来なくなった。だから、19世紀の多くの国は苦労したのだ。金の保有量が足りないから。

こんなシビアな経済状況の中で、人々が感じる不安というのはどのようなものだっただろうか。バブル崩壊以降の日本経済はずっと低迷しているとは言え、この頃とは比べ物にならないだろう。ふと、思い出すのは若い頃のこと。大きな借金を抱えているわけじゃなかったけれど、金欠になったことがある。食事を切り詰めるくらいはまだなんとかなる。けれど、家賃とか携帯とかの支払いのお金が足りないとなると、かなり焦る。なんとも言えない不安に襲われたことがある。バイトを掛け持ちしてなんとかなったのだけれど、ソワソワした気分は嫌なものだ。

同じではないかもしれないけれど、もしかしたらこんな感じだったかもしれない。ソワソワした不安を持っている人が、街中にいる状態。誰も彼もが不安。仕事を掛け持ちしようかと思っても、雇ってもらえる会社も少ない。事業を展開しようにも打ち手が見つからない。そんな切羽詰まった感覚を持っていたのかもしれない。

社会不安という四字熟語を眺めていても、あまり感情は動かない。今この時代のことだとしても、どこかちょっとは他人事。妙に俯瞰しているようにも感じてしまうかもしれない。だから、そこからぐっと想像力を働かせてみるのだ。教科書には決して描かれることのない感情の部分。

ぼんやりでもいいから、当時の人々の感情に近づくことが出来たら、少しだけ解像度が上がる気がするのだ。社会が不安定だった。そういう教科書的な表現を身近に引き付けるっていうのは、そういうことなのだろう。

今日も読んでくれてありがとうございます。歴史の勉強をしていると、それぞれの事象の因果関係を眺めることがある。むしろ、それが楽しいのだ。ただ、どうも構造理解に収まりがちなんだよね。数学的というのかな。でも、因果関係には人間の感情というものがちゃんと影響している。そのあたりを想像しながら時空を旅すると面白い。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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