今日のエッセイ-たろう

なぜ私たちは、イチゴを「狩る」のか。 —レジャーを作った「狩り」という言葉

ふと、新聞の折込チラシが目に入った。
そこには、鮮やかな色で「イチゴ摘み」と書かれている。

鮮やかな色、としか表現していないのだけれど、多くの人は赤やピンクを想像しただろう。不思議なものだ。無意識にイチゴの色に寄せてしまうのか。それとも、これまでに見た似たようなチラシで使われていた色の傾向が影響したのか。はたまた、鮮やかな色という表現が特定の色を思い起こさせるのか。

イチゴ摘みとイチゴ狩り

イチゴ摘みという表現は、比較的めずらしい。どちらかと言えば「イチゴ狩り」のほうが一般的だと思う。
友人がイチゴ農園をやっているのだけど、彼は「イチゴは狩るのではなく、やさしく摘み取るものだ」と言っている。そのイチゴ農園では「イチゴ狩り」ではなく「イチゴ摘み」が公式表現となっている。

だから、そのチラシは彼の農園のものだと思い込んだ。しかし、そうではなかった。距離的に近い場所にある農園のようなので、もしかしたら影響を受けたのかもしれない。あるいは、地域全体で少しずつ言葉がかわっているのかもしれない。そう言えば、妹も「イチゴ摘み」と言うようになった。しばらく前までは「イチゴ狩り」と言っていたはずなのだけれど、いつの間にか「イチゴ摘み」のほうが言いやすくなっていたらしい。

友人の主張も理解できる。なんとなくだけれど、声に出した時に「イチゴ摘み」のほうが柔らかい印象がある。それはそれで良いとして、私たちは長らく「イチゴ狩り」という表現を受け入れてきたわけだ。考えてみれば「狩る」というのは不思議な表現である。

日本人にとっての「狩り」

「狩り」といえば、狩猟のことだ。野に入って、ウサギや鹿、イノシシなどを仕留めてくる。それが、生活の糧になるというのが、太古の昔から続く人の営みである。こんなことは力説するまでもない。

ある時代から「紅葉狩り」という表現が使われるようになる。紅葉狩りとは、山野を歩いて紅葉を愛でる行為のことだ。やっていることは花見やピクニックと大差ないのだが、なぜか「狩り」である。どうやら奈良時代から平安時代の貴族の遊びとして始まったものらしいから、そこには言葉遊びや「見立て」が含まれているのではないかと想像できる。当時の貴族というのは、そういう人たちなのだ。

狩猟のために山へ出かけていくこと、に見立てて「紅葉狩り」と表現した。というのが、素直な解釈になるだろう。

そういえば「薬狩り」という儀式もあったな。おぼろげな記憶なので、ちょっと調べてみよう。薬草や鹿の角を採取する宮中行事で、旧暦5月5日に行われていたようだ。時代は飛鳥時代から平安時代。
男性は鹿茸(ろくじょう)と呼ばれる生え始めの柔らかな鹿の角を狩り、女性は薬草を摘んだ。というようなことが、日本書紀に記されている。

これは、狩猟から紅葉狩りへ接続するヒントになりそうだ。
「狩る」と「摘む」が、一つの儀式のなかにある。万葉集や、古今和歌集に「若菜摘み」という表現があることを考えると、「狩り」という言葉でまとめられてしまっているというのは興味深い。もしかしたら「狩り」という言葉に、「野山に出てなにかをする」というイメージを与えたのかもしれない。

紅葉狩りは、若菜摘みのように具体的な「摘む」という行為もしない。ただ、紅葉の風情を鑑賞するだけだ。貴族にとって野山に行くという行為は限られていた。実用としては狩りや採取、参詣などが挙げられる。その中から「紅葉鑑賞」に相応しい言葉として「狩り」が使われるようになったのだろう。

武士の時代に流行したのは「鷹狩」だ。飼いならした鷹を野に放って、鷹が獣を仕留める。鷹を狩るのではなく、鷹が狩るというのだから日本語はややこしい。
この遊びは、本来の狩猟に近い性格を持っている。けれども、将軍や大名が生活のための狩猟をするわけがない。領地の視察であり、政治的パフォーマンスであり、遊行でもあった。鷹狩というのは、現代のゴルフにも似ているところがある。狩りそのものに意味があるのではなく、「出かける」とか「狩りをする」という「行為」に意味がある。

どうやら、「狩り」という言葉には2つのイメージが刻み込まれているらしい。ひとつは文字通りの「狩猟・獲得」で、もうひとつは「出かける・行事」だ。平たく言えば、「これはレジャーだよ」という表明でもある。
狩猟=レジャーというと、なんだか物騒な響きがある。実際、世界中の貴族は狩猟をレジャーとして楽しんできた。それを「紅葉鑑賞」に置き換えてしまうところが、日本らしいと言えば日本らしい。その点では、キノコ狩りも似たようなところがある。私たちのイメージの中で、狩りは狩りなんだけどちょっと違うもの。どこか、「肉に対する植物性代替肉」っぽい印象があるのである。

近現代のレジャーと狩り

1960年代初頭。レジャーブームがやってくる。高度経済成長によって生まれた分厚い中産階級。彼らの多くは大都市に集中していて、休日にはレジャーを求めて郊外へと出かけていくのだった。団体旅行、貸切バスなどで出かける先は、都市圏から日帰り〜一泊のエリアに集中した。そこには山や海、農村があった。

東海道筋では、神奈川県西部から静岡県東部が人気スポットになり、箱根・熱海・伊豆などが観光地として発達していく。1966年(昭和41年)、静岡市久能でイチゴ農園を解放し観光客を受け入れが始まった。これをPRするパンフレットには「イチゴ狩り」と書かれていた。
収穫体験を提供する観光農園は、既に1910年代に登場していた。この段階では「収穫体験」や「もぎ取り」「摘み取り」などと表現されていて、「狩り」では無かったようだ。収穫体験の商品名として「イチゴ狩り」を謳ったのが久能だったということだろう。

誰がこのコピーを思いついたのかはわからない。ただ、なかなか秀逸だと思う。
紅葉狩り、キノコ狩り、潮干狩りなどが持っているレジャーのイメージを、「狩り」の二文字でイチゴ農園に取り込んでしまった。「農園もレジャーの対象なんだよ」というメッセージを、イチゴ狩りという言葉で表したのである。これも「見立て」と言って良いだろう。

語呂が良く覚えやすいというのも、イチゴ狩りという言葉が広がった理由の一つかもしれない。しかし、それだけが理由ではなく「レジャーとして出かける体験」という意味が、それ以前から共有されていたことも背景にあるのではないだろうか。

分解すれば「自然の中に出向く」「対象を見つける」「自分で取る」「その場で楽しむ」というイメージである。わざわざ分解して考える人はほとんどいないと思うけれど、「言われてみればそんなイメージだな」くらいには伝わるのではないだろうか。これが文化的背景というものだろう。
日本語を学習している外国人に、これを説明するのは簡単ではない。もし「ストロベリーハンティング」と直訳すれば、行為そのものは伝わるかもしれないけれど、私たちの感じている情緒は伝わらないだろうと思う。

メディアとメッセージ

60年代〜70年代というのは、メディアが発達した時代でもある。テレビや旅行雑誌など、言葉と同時に映像を伝えられるようになった。おかげで、「イチゴ狩り」という商品名と「家族・笑顔・春の風景」という映像を一致させやすかっただろう。

「イチゴ摘み」は、イチゴを収穫するという行為そのものである。これに対して、イチゴ狩りは行為の体験や雰囲気を楽しむというイメージが内包されている。というのが、当時のメッセージだったのではないだろうか。生活語でもあり教養語でもある。なんとも深みのある表現ではないかと、そんなふうに思えてきた。

イチゴ狩りが流行してから半世紀以上がたった今では、イチゴ狩りのイメージはおおむね定着したと言える。もう、イチゴ狩りという言葉を見聞きするだけで、風景を思い浮かべることが出来る人が多いだろう。だからこそ、友人の言う「イチゴ摘み」が成立するのだろう。

つまり、言葉の中にレジャーを意味する「狩り」が入っていなくても、そこには「レジャーである」という残像がある。無いのに有るのだ。言葉が消えても、イメージだけは残っている。その前提があるから「優しさ、柔らかさ」を「摘み」に乗せることが出来るということなのだろうと思う。

今日も読んでいただきありがとうございます。

表現と実態。その間をつなぐのが、共有されたイメージ。ということなんだろうな。言葉って面白いよね。イメージを共有できているかどうかで、伝わる内容が違う。道具としての言葉を扱えるようになっても、イメージが共有できてなければ齟齬が起きるし、逆にイメージが共有できていれば言葉が拙くても伝わっちゃう。
なんだか、コミュニケーションについて考えさせられてしまうな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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