サービス提供事業者が複数存在する空間。旅行と食事。 2024年1月26日

掛茶料理むとうには、献立がない。全く無いというわけでもないのだけれど、それはあくまでも調理場の中での仕様書のようなもの。きれいにプリントしてお客様にお配りするようなものは用意していない。この話は、このエッセイでもたべものラジオでも話したことがあるかもしれない。

お客様に献立をお見せしないのは、そういう方針だからである。理念と言い換えてもいい。これはなんだろう。どんな味がするんだろう。見たことも食べたこともある料理に似ているけれど、同じなんだろうか。一瞬のうちに巡らされる思考も、その時間も楽しみのひとつだと思うから。まぁ、これはぼくの思想であって、良いとか悪いとかの話じゃないんだけどね。

大抵の場合、上記のようなことをお伝えすると、お客様もそのつもりで楽しんでくれる。そういう遊びだと思ってもらう。という感じだろうか。料理に限った話じゃないけれど、モノを介したコミュニケーションが好きなんだろうな。

ひとくち食べてみて、ちょっとした仕掛けに気がつく人。表情が変わり、これに付いている香りはなにかしら?という視線を投げかけてくる。まるで答え合わせをするように、会話が始まるというのがよくある流れ。

配膳の際に料理の説明をするのは、音楽や絵に例えるならばタイトルに該当する部分だけ。特別な場合を除けば、食事前から細かな調理方法などを解説することはない。時にはそうした解説も有用だし、面白い。けれども、コンサートの最中にこれから演奏する曲の細かな演奏方法や作曲のことなんかを聞いても興ざめするんじゃないかと感じているのだ。だいたい、ライブ中にセットリストなんかは見たことがないし、配られた記憶もない。という個人的な思いが強いかな。

時々、執拗なまでに献立内容を詳細に尋ねられることがある。それは、お客様でもあるけれどお客様ではないような存在であることが多い。例えば、企業の接待や宴の幹事を任された人だったり、団体旅行のエージェントだったりである。

先日、とある団体旅行のお客様がご来店された。料理を作る人間であると同時に、お座敷にもあがるので、当然お客様とも会話をする。先述の趣旨をみなまで伝えなくても、いつものやり取りを楽しんでくださったようだ。ただ、添乗員を除いて。

なぜか、献立の細かな調理方法やそれぞれの食材の産地を尋ねる。かといって、それをお客様に紹介するわけでもない。そもそも、食材の細かな特徴やそれを活かすために何工程もある調理方法を聞いたところで、想像が出来ないのじゃないかと思う。でも聞かれる。これは、どういう行動原理なのだろうか。

たまたま、親しい友人のひとりに旅行会社に勤務するものがいる。彼は、役職としては現場に出る必要はないのだけれど、旅行の企画や添乗が好きなので、今でも現場を飛び回っている。そんな彼に、聞いてみたのだ。献立表は必要なのか、と。

答えは明快だった。「アニキ(彼はぼくをこう呼ぶ)の店だったら必要ないっす。強いて言うなら、記念品として欲しいくらいかな。料理のことを聞いても、ポイントをついた説明をしてくれる店って案外少ないんですよ。そういうときは欲しいと思うことはありますけどね。」

じゃあ、君がうちの店を使うとしたらどうする?と尋ねたところ、これまた明快な答えが返ってきた。「簡単ですよ。これはなんだろうなって思いながら食べるのも楽しいじゃないですか。一緒に楽しみましょう。って言います。で、関係性が作れていたら、お客様と一緒に料理について話してみたりするかなあ。」

店の情報とか、地域の食材とか食文化とか、そういうのは聞く?「聞きますけど、基本的なことは普段から情報収集してますし、あとは、企画の段階で勉強します。それが仕事ですから」なんとも頼もしい限り。

彼との会話で出た話なのだけれど、もしかしたら見ているゴールが違うんじゃないかってこともあるかもしれない。お客様に迷惑をかけないこと、日程をスムーズに進行すること。そういうのも大切なんだけど、友人とぼくにとっては一番の目的ではないかもしれない。その場にいるお客様に、その時間を目一杯楽しんでもらうこと。だから、彼のツアーでは旅行中に日程が変わってしまうことがある。全体の中での濃淡を、現場の判断で調整するのだ。なんだか、料理と似ている。

今日も読んでくれてありがとうございます。似た価値観の友人同士の会話だから、的確かどうかわからないけれどね。もし仮説通りだったとするなら、事前にエージェントと意識のすり合わせをしたほうが良いかもしれないと思った。ゴールが違えば動きも変わってくる。ってことなんだろうな。

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