フィクションで楽しみながら歴史を知る。 2023年3月9日

掛川にもいくつかのお城がある。比較的有名なのは掛川城と高天神城だ。山内一豊が領主だった時代に作られた掛川城天守閣の美しさは、お城好きの人の間ではちょっとばかり知られている。高天神城は、戦国時代を代表する山城で、天守閣はない。今川家没落の後、武田と徳川が遠江の覇権を争って取り合った城でもあり、その堅固さは戦国時代を象徴するものだという。

ということで、今日はマニアックでローカルな歴史の話である。

掛川城と高天神城の他に、近世城郭としての横須賀城が存在している。前者に比べれば、少し後の時代に築かれたお城。家康が普請した最初期は、高天神城を攻略するために作られたようだ。なにしろ、高天神城は天然の要害に恵まれた難攻不落で知られた城。それを守るのは、戦国時代でも最強クラスと言われる武田家。あの武田信玄は亡くなっていたとは言え、その家臣団の強さは恐るべきものだ。

この恐るべき要塞を攻略するために、家康は包囲網を作り出す。南の横須賀城、そして北の小笠山砦。さらに、20もの小さな砦で高天神城を取り囲み、兵糧攻めを行ったのだ。

このなかで、気になるのが小笠山砦である。先日も実際に足を運んだのだけれど、その設備が謎だらけなのだ。そもそも、現代のような道などが整備されていない時代の切り立った山。古くは、奈良時代から修験道の山岳信仰の対象になるようなところなのだ。白装束で山にこもって修行する人。というイメージがあるかもしれない。そうした人たちにとって、厳しく険しく、人の世界から隔離された場所こそが大切なのだ。そんな場所であり、砦に行くためには尾根伝いに一列で進むより仕方がない。

こんなところに籠もったところで、誰が攻めてくるだろうと思うくらいである。しかも、防御設備があちこちに仕掛けられている。同時代の他の山城ではなかなかお目にかかることの出来ない防御設備。実際には竪堀と横堀なのだが、こうした山城で横堀を備えている城は少ない。むしろ、無用の長物である。なにしろ、防御のためには堀とともに人を配置しなければならないのだ。

この事実に関しては、専門家の方々も明快な答えを持っていないらしい。なかには、築上技術の実験のために造成したのではないだろうかという意見もある。だいたい、守るための拠点ではない。高天神城を攻めるための陣城。陣城というのは、そのときだけ使う臨時の城である。つまり、一時的な攻撃拠点としての城に、不可思議な防御機構が備わっているのが謎。というわけだ。

さて、ここから先は妄想である。

もしかしたら、このときの家康はメチャクチャヘタレで、武田家にビビりまくっていたのかもしれない。こんな事を言ったら、歴史研究家やファンの方々に叱られるかもしれない。けれども、これはあくまでもコメディとしての妄想なので、そこはご容赦いただくことにしよう。

「殿、ここまでする必要はないのでしょうか。」「え~、だって怖いじゃん。」「怖い?なにがでございますか?」「そんなの決まってるじゃん。武田。」「殿、ここから武田の庄は遠くにあります。しかも、この地は堅牢。さらには、我々は高天神を攻略する立場にございますよ。」「そんなの知ってるって。けど、あれだよ?武田だよ?知ってるでしょう」「もちろん、武田の強さは承知です。」「いや、そうなんだけどさ。マジで怖いからあいつら。だって、おれうんこ漏らしちゃったんだもん。知ってるよね。」「え、いや。味噌だとおっしゃっておられましたが」「知ってるくせに。もう」

こんなヘタレな会話があったかもしれない。

「殿。水源はどうなされます?」「水?それ、メッチャ大事じゃん」「作用でございます。戰場において水の確保は重要」「井戸掘れないの?」「何度も視察した意味がないではありませんか。そもそもこの地は岩盤が硬いのです。だからこそ要塞に選んだのです。」「知ってるよ。おれも視察してるもん」「その際に、井戸を掘るのは困難だと申し上げたはずですが」「だったらさ、雨水溜めたらいいじゃん」「それ以外に方法はございません。臨時の砦ですから、それで凌げるでしょう」「え?臨時だけどさ。ワンチャン武田が援軍送ってきたらどうするのよ。」「それの前に高天神を落とすことが肝要かと」「ね、知ってる?信玄の後継者。勝頼っていうんだけど、あいつもけっこうヤバいって。マジで怖いから」「殿・・・。覚悟をお決めくださいませ」

今日も読んでくれてありがとうございます。ホントどうでもいい話だね。こんな家康だったという証拠はどこにもない。代わりに、そうじゃなかったっていう証拠もない。あったとしたら黒歴史だよね。ただ、この戯言を読んじゃった人さ、もう高天神城と小笠山砦のこと想像しちゃったでしょう。ほとんど城になりかけているくらいの造成がなされた、妙な山城。どうだろう。こんな感じで、ぼやっと世に知られるくらいのところから観光施策を展開してみては。

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