マーケティングの心理技術 2023年1月31日

前職までに体得した技術や知見を放出するコーナー。というのを、勝手にやっている。先週までの「語り部の威力」もそのひとつだ。もう使わないんだけど、かつてやっていて、もしかしたら誰かの役に立つかもしれないという話を放出してみようと思う。で、今日はマーケティングの話だ。

あまり大っぴらに言うのもどうかとは思うのだけれど、世の中には確実に人間心理を使ったマーケティングが存在している。存在しているということ自体は、割と知られているのだろうとは思う。けれども、あまり意識されていないのかな。自分が、その技術を使う側ではなく使われている場合。そういう状況だと意識していないことが多いような気がするのだ。

返報性の法則というものがある。一度くらいは聞いたことがあるだろうか。何かをもらったりしてもらったりすると、それに対して返礼をしたくなるという意識が働くよ、という法則だ。お返しをしないと、なんとなく居心地が悪いのだ。これは、礼儀とかの話じゃなくて、そういう性質が人間社会全体に見られるという話。

ショッピングモールで、何かを無料で配っていることがある。風船だったり、ちょっとしたノベルティだったり。些細なものかもしれないけれど、子供が喜びそうなもの。何も知らない子供は無邪気に風船を欲しがる。で、それをもらうと、簡単なバルーンアートを作っている間に会話が始まる。何気ない話のようでいて、ちゃんと営業になる。よくあるのは、給水器かな。別にいらないのだけど、物をもらっちゃったものだから、なんとなく、話くらいは聞こうという心理になる。これは、見合った対価を返そうという返報性の法則に則った行動なのだ。

等価交換。とまではいかないのかもしれないけれど、なるべくもらったものに近い価値を返したい。そうすることで、フラットな関係に持っていこうとする。風船であれば、話を聞くという行為を返して、まぁトントンかな。と、無意識にバランスを取ろうとする。話を聞きたくない人は、風船をもらうことを避けたいという気持ちになる。

子供向け教材になると、最初はノベルティで、その後には教材のサンプル。と言った具合で2段階になる。これもまた、返報性の法則が付加されたマーケティングといえる。もちろん、お試しで良さを体感してもらいたいということもあるので、この場合はダブルの効果を狙ったものだろう。

こうしたことを、実によく組み合わせて考えられている営業方法が、世の中には溢れている。ブライダルフェアなどは、見事としか言いようがないレベルだ。

結婚式場や案内所では、無料で相談会が行われる。だいたい、そういうフェアに訪れる人は挙式を具体的に検討している人なので、すでに成約の可能性が高いわけだ。そこでは、相談だけじゃなくて、無料でドリンクが提供される。クオリティは通常のホテルでで販売される商品で、おしゃれなカクテルなんかもある。お昼時になれば、実際のウェディングで提供される料理を食べさせてくれる。これも無料。

こうした、無料サービスは企業側から見れば販促費として計上される予算だ。コストに対して、何組の成約が取れれば採算が合うのか、そういったことは常日頃から検証しているだろう。加えて言うならば、ブライダルフェアは時間が長い傾向にある。例えば朝9時から始まって、お昼ごはんを食べて、式場の体験などがあって、仮のプラン作成と見積もりまでとなれば、午後も2時か3時にはなる。ここで発揮されるのが慣性の法則だ。

物理に慣性の法則というのがあるが、そこから引用しているのだろうか。せっかくここまできたんだから。せっかくここまで頑張ったんだから。という心理があるので、最後まで進めたくなる。進めたくなるというよりも、止めることに抵抗を感じるのだ。映画館でチケットを買って映画を見る。始めの30分程度のところで、あまり面白くないなと思ったとしても、なんとなく最後までいてしまう。合理的に考えれば、残りの1時間以上の時間を他の好きなことに充てたほうが良い。無駄な時間を過ごすくらいなら、チケット代は損金として割り切ったほうが良いはずだ。けれども、せっかくここまでやって来たし、お金まで払ったのだから、という慣性の法則が働く。だから、抜け出すことに抵抗を感じるようになってしまう。そういう心理現象があるのだ。

だからこそ、ブライダルフェアでも、カーディーラーの体験試乗会でも、妄想の見積書作成を行うのだ。あれこれ体験してみて、妄想とは言え色々と考えるという労力を払って、見積もりという現実的なものまで提供される。もう、あとは決断するだけだというところまでは進める。眼の前のプランナーなり営業マンが、一生懸命に尽くしてくれるのもわかる。となると、心理的には「もう決めちゃっても良いんじゃないか」という状態になりやすい。

こうした仕組みを構築する人と、実際に現場で接客する人は別だということも多い。素直にお客様のために良かれと思って提案をしてくれる。嬉しい気持ちで、結婚を一緒に祝おうとしてくれる。だからこそ、上記の仕組みは効果を強める。興味深いことに、中途半端に法則や社内事情を知っている人よりも、新人の方が成約率が高い。なぜなら、純粋で良い人だから。もっともっと深いところまで本質的に理解していて、その上で良い人というのもいる。この中間に位置する人たちは、実は成約率が低くなりやすい。なんというか、下心のようなものが透けて見えるからだろう。

他にも、マーケティングのテクニックみたいなもので、代表的なものはあるのだけれど、特に強力なのがこの2つ。返報性の法則と慣性の法則。わかっていても、よほど意識していないとそれに従うことになる。そのくらい強力なのだ。だから、良心的なビジネス書では悪用厳禁と書かれている。まぁ、悪用厳禁と記載してしまうからこそ、悪用されやすいのだとは思うけど。

今日も読んでくれてありがとうございます。これも、営業職時代に散々思考してやりつくしたものの一つかな。もう、面倒なので意識しなくなってしまったけど。シンプルに、友だちになれるような関係構築のほうが心地よい。というのは、小規模な会社で、自分が経営者だから出来ることなんだけど。とりあえず、消費者になったときに、知らないよりは知っていたほうが良いかもね。そのうえで、乗るか降りるかを判断できたら良いんじゃないかな。ぼくも、わかってて乗る時あるしね。

記事をシェア
ご感想お待ちしております!

ほかの記事

「動き」「動詞」が楽しみを作っている。 2024年3月26日

世間は春休み。あちこちで子供連れの家族を見かける季節だ。ショッピングモールも、近所のスーパーマーケットも、アミューズメント施設も、いたるところで子供の声がする。長期休みでなくても土日ならば代わり映えのない光景なのかもしれないけれど、平日休みのぼくらにとっては年に数回やってくる体験である。...

接待ってなに?ビジネスに必要なの?その本質を探る。 2024年3月15日

接待というと、あまり良いイメージを持たない人が多いのかもしれない。談合や官官接待などという言葉がメディアを賑わせていた時代があって、接待イコール賄賂というイメージが付いてしまったのだろうか。それとも、とにかく面倒なことで、仕事の話は昼間の間に会議室で行えばよいと考えるのだろうか。調査したわけではな...

「◯◯料理」というのは、その地域の世界観そのもの。 2024年3月3日

常々思っているのだけれど、日本料理の特徴のひとつに、なんでも自己流で再解釈してしまうというのがある。自然信仰があって、自然を尊び調和を目指すという世界観が根付いているから、他の世界観を持った地域からもたらされた知見も食材も食材も料理も、みんなこの思想で再解釈される。そんなふうに見える。言ってみれば...

勇者のパーティーは何処へいく?賞金稼ぎになっていないか。 2024年3月2日

勇者が冒険に出るとき、はじめは1人だけどたいてい仲間ができる。旅に出る前に仲間を募ることもあるし、旅の途中で仲間が増えていくこともある。なんとなく、同じ目的を持っているからとか、楽しそうだから、気に入ったからなどといった理由で一緒にいるように思える。物語の中ではそんなふうに語られることもある。もち...

時間の長さと持続可能性。 2024年2月28日

地球環境と表現すると、いささかスケールが大きすぎて物怖じしてしまいそうだけれど、人類と食との関係を勉強していると、環境の変化に目を向けざるを得ない。氷河期が終わって暖かくなったとか、太陽活動が弱まったとか、どこかで大噴火がおきたとか。その他いろんな環境の変化によって、人類の食生活は都度変化してきた...

エンタメと食とオフ会。 2024年2月27日

たべものラジオのオフ会兼フグ食べ比べ会から、ふじのくに地球環境史ミュージアム企画展ツアー。2日間に渡るイベントも盛況のうちに幕を閉じた。主催では有るものの、ぼくらが頑張ったと言うより、参加者の皆さんの盛り上がりに助けられた感がある。久しぶりに会う人達、ハジメマシテの人たち、オンラインでだけ交流のあ...