変わりゆく「形式」から時代を覗く。 2023年10月25日

時代が違う。この数十年の間に、テクノロジーも経済も大きく変わって、社会の構造そのものが大きく変わった。幼少期の記憶は、まるで古典を読んでいるようですらある。

会席料理店を営んでいると、毎年たくさんのお祝いの席に出会う。お食い初め、初誕生祝、七五三、顔合わせ、結納、長寿祝いなど、多くの「伝統的な」儀式。それらにもいろいろと変化が見られるのが興味深い。

長寿祝いは、もはや老人とは呼べない人が主役になった。昔話に登場するような老爺老婆は、還暦祝いの席には見当たらない。はつらつとした元気な中年が主役である。時々、「初老の」という表現を耳にすることがあるけれど、その対象が還暦を過ぎた人物であることがある。本来の意味では40代を表すのが初老。老人の入り口というか、始まりというか、そんな意味だったのだろう。還暦を迎えた人にはふさわしい表現ではないはずだけれど、文字通りの意味を考えれば適した表現なのかもしれない。

結婚感についてもずいぶんと変わった。もう何年も「略式結納」を行ったお客様には出会っていない。お問い合わせをいただく際に「略式で」と言われることはあるけれど、それは本来の意味での「略意識結納」ではなくなった。元々、結納というのは料理屋で行われるものではない。仲人が双方の家を行ったり来たりして、家をつないでいた。本式のやり方だと時間も労力もかかることから、全員が一同に会して、一挙に行ってしまおうというのが「略式」。だから、結納の品々を並べて、家族書や目録を取り交わして口上を述べる場には、仲人を含めた8名が揃う。これが、「略式結納」だった。

近年では、こうした結納っぽいことは行われなくなったし、そもそも仲人がいないのが一般化した。両家が揃った食事会でしかない。それでも、特に問題ない。そういう時代になったのだ。家と家との繋がりが希薄になったと言えるのかもしれない。会食には、3つの家がいる。それらのつながりは、一昔前に比べて緩やかになった。親同士は、互いに親族であるという意識はほとんどないかもしれない。

結ぶ。現代的かつ西洋的な結婚観とは、少し違う捉え方をされていたのだろうか。むすびは「むす」と「び」の2つの語から出来ているらしい。むすは「産す」、びは「霊」。霊的なつながりを生み出すこと、というのが簡単な解釈だろうか。目には見えないけれど、そこには力強いつながりがある。そんなイメージが、日本の伝統的な結婚に対する意識だったようにも思える。

そういえば、両家食事会には妊婦がいることが増えた。結婚を前にして、既にお腹に子を宿している。実に喜ばしいことだと、個人的には感じているのだけれど、中には「順番が違う」と顔をしかめる方もいる。

一昔以上前の社会では、子供を作るのは結婚後のことだとされていた。その時代のやり方が普遍的なものだとするなら、おめでた婚は「順番が違う」と言いたくなる。けれど、この順番とやらは、いつからどんな理由で登場したトレンドなのだろうか。ぼくが知る限りでは、こうした貞操概念が強くなって一般に広まったのは明治時代のこと。武家社会は厳しかったかもしれないけれど、庶民も同じだとは言えない。いや、武家社会だって順番が大事だったのは正妻くらいだったのじゃないかな。側室は子を宿してから側室に迎えられている。

いつだったか、そんな歴史の話をしたら、「それは時代が違う」と反発されたことがある。それはその通り。異論はない。ただ、時代が違うというのであれば、今という社会は四半世紀前とは違う時代になったのだ。とも言える。まさに「時代が違う」のだ。

明確な区分がないからわかりにくいのだけれど、ぼくにはそう感じられるのだ。

形式や仕組みというのは、社会に合わせて変わっていく。肉体が変われば、まとう衣を変えるように。おしゃれにもトレンドがあり、実用にも様々な用途がある。己の体の変化に気がつくことが大切なんだろうな。

今日も読んでくれてありがとうございます。儀式というか、型のようなものを見ると、なんとなく社会の移ろいが見えるような気がするんだ。変わるものはどんどん変わっていい。ただ、元の形を知った上で変えていくことと、ぼんやりしたイメージのまま変わってしまうのとでは、どこかが違うような気もしているんだよね。

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