今日のエッセイ-たろう

学校の勉強をつまらないと感じるわけ。 2023年8月18日

ポッドキャストにしてもユーチューブにしても、学習系のコンテンツの人気が伸びている。今まで通りのバラエティも好調ではあるのだけれど、そんな中でもじわりじわりと注目を集めているらしい。今に始まったことではないだろうけど、近年の傾向だという。

そう言えば、テレビでもクイズ番組は以前から人気が高い。時代によってその内容は変化していて、ビデオの続きはどうなるかというものや、ゲーム性の強いもの、脳トレに相当しそうなものや、純粋に知識や知恵を扱ったものなど様々だ。他にも、学びにつながるコンテンツはたくさんある。改めて考えると、人間は学ぶことが楽しいのだなと思うんだ。学ぶことそのものが、エンタメなのだ。

なぜ、学校の勉強はつまらないのか。大人になってからの学びは楽しいという人がいる一方で、勉学を生活の中心に置く学生たちの多くは楽しいと感じていない。成績が良い子供を観察していると、学ぶことそのものが楽しいというケースと、楽しくはないけれど頑張るというケースに分かれるように見える。実際のところはどうだろうか。

思うに、学校の勉強がつまらないと感じるのは、学びが手段そのものだからじゃないだろうか。いや、手段でもいいのか。例えばサッカーが大好きだという人は、サッカーをうまくなりたいがためにサッカーの勉強をする。それは、身になるし楽しいものだろう。となると、学びが手段だとしても目的が違うのかもしれない。

学校のお勉強。それは、成績を上げるため、テストで高得点をとるため。高校や大学受験に受かるため。この目的設定が面白さを減退させているのかも知れない。小学生くらいだと、まだその傾向が薄いから、中には純粋に学びを楽しんでいる子もいそうだが、歳を重ねるに連れてそうした人は減少するのかもしれない。なんのデータも見識もなく、個人の感覚でしか無いのだけれどね。

こんな話を聞いたことがある。子供にゲームをやめさせたいなら、ゲームを義務化して報酬を発生させれば良い。ある家庭で、子供がビデオゲームばかりしていて、ちっとも勉強もしないし他の事柄に興味を持たないということがあるとしよう。実際にそういう家庭はたくさんありそうだ。

そこで、毎日ゲームを2時間プレイしなければならないというルールを設定する。さらに、その結果を毎回報告させることにする。報告に対するフィードバックを受けたら、それから夕食となる。最初の数日は喜んでゲームをしていた子供も、そのうち変化が現れる。つまらなそうにゲームをしているのだ。やっていることは同じだし、報告にしたって、義務化される前から熱心に家族にゲームの話をしていたことと大した違いはない。とうとう、本人の口からゲームが楽しくないという言葉が漏れるようになったそうだ。

ちょっと調べてみると、心理学の実験にも似たようなものがあるらしいことがわかった。パズルが好きな大学生を集めて、報酬ありでパズルを解くグループと、報酬なしのグループに分かれてパズルを解くだけ。3日間続けた所、報酬ありのグループは意欲の低下が見られたという。

アーティストにも似たようなことがあるのかもしれない。お金のためだ、という意識が強くなると音楽なり絵なり造形なりに向き合う意欲が低下する。お金を稼ぐことにつながるとしても、それはあくまでも結果であるという意識が必要なのだろうか。音楽を楽しんでいたら、たまたまそれを同じように楽しんでくれる人がいて、結果的に報酬を受け取ることが出来た。この意識を強く維持していないと、曲が作れなくなってしまうということがあると聞いたことがある。

手段の目的化。これはビジネスの世界では悪手のひとつだと語られることが多い。けれども、それは一側面でしかないのではないだろうか。なにしろ、手段に熱中しているときが一番楽しいのだから。そして、日本の手業は手段を目的化してしまった結果であることも多い。よく釣れる疑似餌を創作していたはずなのに、いつのまにか疑似餌を作ることの方に楽しみを見出してしまった人。器に飾りをつけただけのつもりなのに、いつのまにか装飾に全力を注ぎ続けてきた家系。襖や屏風の装飾は、ついには絵師の一派を生み出した。そういうものなんだろうな。

今日も読んでくれてありがとうございます。福沢諭吉は実学こそが重要であると学問のすゝめの中で説いている。が、それと同時に教養も重要だとしている。実用的なことを疎かにしちゃうと、それは社会活動に支障をきたすんだけど。同時に、直接的には役に立たないような教養とかアートといったものも、人間という生き物には必要なのかもね。

タグ

考察 (305) 思考 (231) 食文化 (226) 学び (173) 歴史 (124) コミュニケーション (121) 教養 (106) 豊かさ (98) たべものRadio (53) 食事 (39) 観光 (30) 経済 (25) 料理 (24) フードテック (20) 社会 (17) 経営 (17) 人にとって必要なもの (17) 文化 (16) 環境 (16) 遊び (16) 伝統 (15) 食産業 (14) まちづくり (13) 日本文化 (12) 思想 (12) コミュニティ (11) 言葉 (10) たべものラジオ (10) デザイン (10) 美意識 (10) ビジネス (10) 価値観 (9) エコシステム (9) 循環 (8) ガストロノミー (8) 仕組み (8) 組織 (8) 社会構造 (8) 視点 (8) マーケティング (8) 日本料理 (8) 社会課題 (7) 飲食店 (7) 構造 (7) 仕事 (7) 日本らしさ (7) 営業 (7) 妄想 (7) 観察 (6) 食の未来 (6) 組織論 (6) 持続可能性 (6) レシピ (6) 教育 (6) 認識 (6) イベント (6) 多様性 (6) 落語 (5) 変化 (5) 伝える (5) イメージ (5) 未来 (5) 挑戦 (5) 食料問題 (5) スピーチ (5) 構造理解 (5) 解釈 (5) 成長 (5) 体験 (5) 掛川 (5) 働き方 (5) 言語 (4) 自由 (4) 味覚 (4) サービス (4) 文化財 (4) 食のパーソナライゼーション (4) ポッドキャスト (4) エンターテイメント (4) 食糧問題 (4) 盛り付け (4) 作法 (4) バランス (4) 学習 (4) 食料 (4) 表現 (4) 和食 (4) 誤読 (4) 語り部 (4) 食品産業 (4) イノベーション (4) 土壌 (4) 伝承と変遷 (4) 情緒 (4) 世界観 (4) AI (4) フードビジネス (4) 社会変化 (4) 食の価値 (4) 技術 (4) 研究 (3) チームワーク (3) 温暖化 (3) おいしさ (3) 行政 (3) プレゼンテーション (3) 読書 (3) セールス (3) 話し方 (3) マナー (3) 感情 (3) 健康 (3) 効率化 (3) 情報 (3) トーク (3) (3) 民主化 (3) ハレとケ (3) 認知 (3) 会話 (3) 栄養 (3) 自然 (3) チーム (3) 民俗学 (3) 感覚 (3) 変遷 (3) 修行 (3) 慣習 (3) エンタメ (3) ごみ問題 (3) 食品衛生 (3) 産業革命 (3) 変化の時代 (3) メディア (3) 外食産業 (3) 味噌汁 (3) 人文知 (3) 創造性 (3) 代替肉 (3) 伝え方 (3) 料理人 (3) (3) アート (3) 身体性 (3) パーソナライゼーション (3) テクノロジー (3) 魔改造 (3) ルール (3) メタ認知 (2) 料理本 (2) 工夫 (2) フレームワーク (2) 腸内細菌 (2) 笑い (2) (2) 地域 (2) 山林 (2) 芸術 (2) 才能 (2) 婚礼 (2) 夏休み (2) ロングテールニーズ (2) 誕生前夜 (2) 明治維新 (2) ガラパゴス化 (2) (2) 郷土 (2) 料亭 (2) 科学 (2) 共感 (2) AI (2) 水資源 (2) キュレーション (2) 人類学 (2) 外食 (2) SKS (2) 接待 (2) 心理 (2) 飲食業界 (2) 俯瞰 (2) 生物 (2) 旅行 (2) ビジネスモデル (2) SDG's (2) 道具 (2) 生活 (2) 衣食住 (2) 生活文化 (2) 茶の湯 (2) 家庭料理 (2) 思い出 (2) アイデンティティ (2) ガストロノミーツーリズム (2) 身体知 (2) 伝承 (2) 言語化 (2) 儀礼 (2) (2) ビジネススキル (2) (2) 気候 (2) 地域経済 (2) 食料流通 (2) 流通 (2) 農業 (2) 食材 (2) 習慣化 (2) 事業 (2) 報徳 (2) 産業構造 (2) 文化伝承 (2) 食品ロス (2) サスティナブル (2) オフ会 (2) 発想 (2) ビジョン (2) 五感 (2) 産業 (2) サスティナビリティ (2) フードロス (2) 思考実験 (2) 映える (2) 食料保存 (2) 合意形成 (2) SF (2) 電気 (2) 物価 (2) 行動 (2) 常識 (2) 哲学 (1) 江戸 (1) SDGs (1) 補助金 (1) 食のタブー (1) 幸福感 (1) 行事食 (1) 弁当 (1) パラダイムシフト (1) 日本酒 (1) 季節感 (1)
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

-今日のエッセイ-たろう
-, , ,