日本料理の時間的展開と連歌の文化的関係性について。 2023年9月13日

現在のかしこまった席における日本料理は、会席料理が主流になっている。本来は本膳料理であるはずだったし、茶懐石の場合もあるという程度だったはず。いつの間にか、酒席の料理であった会席料理が「フォーマルの場にふさわしいもの」ということになったのだから、興味深い現象だ。

日本料理は、茶懐石が登場した辺りから「時間的展開」が見られるようになった。平安時代の貴族の宴会では大饗といって、あれやこれやの料理がずらりと並んでいた。どうだと言わんばかりの迫力は、現代では旅館などの宴会でもみられる「平面的展開」といえる。時間的展開も平面的展開も、勝手に創作した語句であるけれども、なんとなく料理の提供の仕方に大まかな違いがあるのだなと思ってもらえれば良い。

海外に目を向けると、同じように時間的展開を持った料理が発展している。日本ではフランス料理が知られているけれど、元々はロシアで発展した様式を取り入れたものらしい。寒い地域では、せっかく作った温かい料理もあっという間に冷めてしまう。だから、出来立ての温かさを楽しんでもらうためには、時間的展開が必要だったというのだ。

日本における時間的展開は、こうした実用面から発展したというだけではないような気がする。食材の乏しい地域で、調理人が少ない場合は否応なしに時間的展開になる。というのも実際にあっただろうとは思う。ただ、茶懐石や会席料理を見ていると、そうばかりではないように思えるのだ。

茶懐石で知られる「侘び寂び」は、古くは藤原定家の和歌などからも同様の美意識を読み取ることができる。村田珠光も武野紹鴎も千利休も、倭歌の中から日本人らしい美意識を読み取って、茶の湯やそれに連なる茶懐石に持ち込んだのだろう。

つまり、和歌とは切っても切れない関係にあるということだ。

倭歌の形には、連歌というのがある。発句ではじまり、脇句、と長く繋いでいく詩の形態だ。その原型はすでに万葉集にも見られるとか。平安時代に活躍した三十六歌仙に流行の始まりがあるのだろうか。その後鎌倉時代以降は、連歌が人気になっていく。

連歌というのは、複数人による共同制作が基本。一人で百韻を読みつなぐこともあったけれど、基本的には座の仲間で共同作業をするのが楽しみだったのだそうだ。チームプレイで楽しむ遊び。だからこそ、そこには一定のルールが必要である。似たようなアイデアや表現ばかりになってしまったり、恋の歌ばかりだと面白くなくなってしまう。室町時代になる頃には、一定のルールが定められて、その中で連歌を楽しむようになった。

最初に詠まれる「五七五」のことを発句という。季節感を表す季語を盛り込むことが基本とされている。そこから脇句の「七七」が繋げられて、奇想天外なアイデアを詠むことはせずに、発句の世界観を膨らめるような内容で歌を読むことが良しとされているそうだ。

その先は、様々に意味を読み替えて世界を展開していくことに楽しみがあるという。

日本料理における発句といえば、「先付け」である。現代では「前菜」と呼ばれることもある。または、「先付け」のあとに、様々な料理を盛り込んだ「前菜」が供されることもある。その後に続くのは、基本的に「汁物」である。その後は料理人によって様々に展開していくことになるのだが、出だしの部分だけは、だいたい同じような展開なのだ。

先付けでは、かならず「季節感」を表現することを求められる。季節感のない先付けや前菜は、我々の業界では認められない。わかってないなあ、となるのだ。お察しの通り、倭歌の発句にこそこの流れのルーツがあるのではないか、ということを言いたいのだ。

時間的展開は、実用的な理由もあったかも知れないが、もっと文化的な美意識の中にある。和歌がいつから始まったかは分からないが、漢詩が伝わるよりも前からあったものだとされている。そのくらいの長い歴史の中で、時間の移ろいを楽しむという文化があって、色々な形へと発展していったのではないだろうか。その中の一つが料理の様式だと考えることも出来そうだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。まだ、関連性や文化の変遷などに関しては調査が不足しているし、同様のことを仰っている研究者の論文にも出会えていないので、調査が必要なんだよね。途方もない道だ。どうも、日本における「料理」というのは、生活面と文化面の両面の影響があるのじゃないかと思えるんだ。二つがクロスしたり、離れたりして様々な形になっている。そう考えると、いろいろと面白い世界が広がりそうだ。

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