無心に仕込みをしていたら日が暮れた。2022年11月6日

このところ、体調が思わしくない。と感じるようになってから、はや一ヶ月以上が経過した。ちゃんと検査したほうが良いのだろうけど。まぁ、それはさておき。直観的には体力が低下したんだろうなと思っている。素人判断は良くないよね。

体調が悪いときには、とにかく休むに限る。それでも、やることが山積しているときはどうするか。結局仕事をしてしまうのだけどね。仕事の内容は選んでいるかもしれない。効率が良くないとは思うのだけれど、それもちょっと横においておこう。

どういうわけか、疲れているときには「作業」系の仕事を選択している気がするんだ。ぼくの場合だと、料理の仕込みとか道具の手入れとかだね。無心に掃除をしているときもある。逆に、たべものラジオの原稿や台本を書いたり、経営について思考するということは避けるかな。疲れているときは、あんまり考えないんだろうね。

いや、作業といっても全く考えていないわけじゃないか。料理をするのだって、全く考えないで出来るものだじゃない。味を整えるのだってそうだし、そこそこ考えることがある。なのだけれど、思考の範囲が限定されているように感じる。俯瞰するのではなくて、実務に集中する感じかな。

絵を描く時には、キャンバスを目の前にして微細な部分にまで目を配って筆を進める。ある意味では、とても近視眼的で一つの線、ひとつの場所の色合いに真摯に向き合うことになる。時々はキャンバスから離れた場所に置かれた安楽椅子なんかに腰掛けて、自分の描いた絵を眺めてみる。それこそお茶を片手にリラックスして。そんなイメージかな。わたし絵を描いたことなんて無いんですけど。

でね。体調だったり気分によって、立ち位置を入れ替えてみるんだろうな。ぼくの場合は、デスクでパソコンに向かっているときと、厨房で庖丁を持っている時と、外に出て企画に参画したり講演会で話したりする時。まぁ、いろんな場所に物理的に移動しているのが性に合っているのかもしれない。環境を変えるというのは、それなりに効果があると思うんだよね。人それぞれだろうけどさ。

そんな事を考えていたら、なんとなく腑に落ちることがあってさ。曹洞宗の道元が記した典座教訓の意味とか、臨済宗の栄西が説えた茶禅一味の意味。禅のことはよくわかっていないのだけれど、なんとなくイメージでは無心になることが大切なんじゃないかと思っていた。というか、そんなことを聞いたことがあるんだ。無心というのが「何も考えない」ということのように思っていたんだけど、違うんじゃないかな。ちゃんと教えを受けたり、修行したり、本を読んだりしたら全然違うのかもしれない。あくまでも、ぼくの直感によると、一点に全力で集中することなんじゃないかと思うんだ。

全力で集中するというと、なんだか疲れそうな感じがするな。ちょっと違うな。一つ一つに心を向けて、丁寧に丁寧に対応していく。大根の桂剥きだって、ある程度は手が自然と動くようにはなっているのだけれど、そこにあぐらをかかずに、一回一回の動きにちゃんと神経を注ぐこと。少しでも美味しく美しく仕上がるように、心をまっすぐに食材に向けること。個体差がある食材のひとつひとつに向き合って、それぞれの持ち味が最大限に発揮できるように工夫すること。

こんなことをやっていると、いつの間にか日が暮れているということがある。数時間だけど、その間はずっと集中しているんだろうね。無心に調理をしている。そうなんだよね。一つの作業にすごく集中している様子を見て、人は「無心に」という形容詞を使う。何も考えていないのではなくて、全身で向き合って集中している状態のことを、禅宗では無心と呼んでいるのじゃないだろうか。

こんなことを考えているのだけど、それは典座教訓を読んだからなんだよね。そもそも、この概念を知らなければ「もしかしたらこういうコトなのかもしれない」という発想に至らない。なんだろうな。誰かがすごくいいことを言っていて、それを聞いたときに「わかる!」ってなることあるよね。意識していないときには、なんてこと無いことだし、ただ通り過ぎてしまうこと。そこに気づくことが出来るきっかけをくれる。意識を向けさせてくれるのが、文字なのだろうか。

文字と禅というのは、もしかしたらこんなバランスなのかもしれない。

今日も読んでくれてありがとうございます。体調が悪くてぼーっと仕込みをしていたら、こんな思考になる。いい具合に脳みその活動がゆっくりになっているからなんだろうな。何度も言うけれど、禅とか文字とかについての解釈は、ぼくが勝手に字面から想像したことだからね。ホントのところは知らんのだ。

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