食文化の民主化の源流を探る。堺の町衆との関わり。 2023年9月7日

少し前に、食文化の庶民化の源流は元禄時代にあるのではないかという話を書いた。しかし、そうとばかりも言えないのではないかと思い始めている。確かに、元禄時代は食以外の文化も含めて庶民に「広まって」いったタイミングではある。ただ、その始まりはもう少し遡りそうだ。

文化というのは、アートや文学といったある程度の教養が必要なものもあるし、日常生活の中から自然発生したものもある。後者については、はるか昔からあるが、前者は社会の上流から生まれることになる。食文化は両面から生まれて、時代とともに絡み合うようにして大きな流れを作っているのだろう。

それぞれの文化が交流を始めるタイミングで、食文化は広く大きく羽ばたいていくことになる。そんなふうに思えるのだ。明確な端緒を探り当てることは難しいし、そのことにあまり意味はないかもしれない。ただ、きっかけのようなものを知ることは、日本の食文化を理解する上では何かしらの役に立つのではないかとも思う。

なぜなら、日本の食文化の発展は、上流階級と庶民文化の合流によって広がりを見せ、それが現代に繋がっているように見えるからだ。

ひとつのきっかけは、「消費者の拡大」だろう。生産をせずに消費だけをする人口。例えば貴族や武士がそうであるのだけれど、江戸期に拡大した「町人」もまたそうである。食料を生産せずに、購入して食べるというスタイル。江戸時代に拡大したことは、江戸という大都市の出現がわかりやすい事例である。

もっと早い時代に、町人文化というものが生まれていた。それは京や大阪であった。室町時代末期、京では町人が池坊などで華道を習っていたという。大阪でも、堺の商家が集って茶の湯を学んでいる。その中のひとりが、「ととや」の「田中与兵衛」、のちの千利休である。

利休の最初の師である北向道陳の素性はよくわからないが、次の師匠である武野紹鴎の家は少し前まで武士の家系で、下野して武具を扱う商人になったようだ。武野紹鴎は連歌の世界に身を投じて、貴族との交流を持つようになり古典や和歌について学んでいった。後に、出家して臨済宗の僧侶となった。武士の系譜である商人が、貴族や禅宗と交流を持った。そうした人生が、文化交流のひとつの起点になったのかもしれない。

武野紹鴎の墓所は堺市にある。もしかしたら、堺という自治区は、こうした文化交流の最初のハブになっていたのかもしれないと思う。

茶の湯では、甜茶を粉末にするために石臼が必要だった。それまで日本ではほとんど浸透していなかった回転式の石臼は、一部の人たちに輸入品として取り入れられてきた。石臼が広まったのは、戦争のための必要な火薬を量産するためだったという。

1543年に火縄銃がもたらされてから、国産の銃が作られるようになり、それに伴い国産の火薬が必要になった。初期は火薬も輸入品であったし、織田信長のための火薬調達で活躍したのは、商人としての千利休であった。

茶の湯で使われる茶臼に関わりの深い堺の文化人と、輸出入を行っていた堺の商人。それが重なっていたことは行幸だったかも知れない。茶臼を使用して黒色火薬を作り始めたのである。

戦国時代が終わって、日本全体が軍縮を行うことになる。その中で、火薬を作るための道具であった回転式石臼は新たな使い道を見出すことになる。それは、食品の粉末化である。そもそも、中国文化が日本に入り始めた頃から粉物食品は存在していた。ただ、あまり流行しなかったのだ。面倒だし、石臼も普及していなかった。道具が揃ったところで、うどんやそばなどが庶民へと広がっていくことになる。

茶の湯は、千利休時代あたりで庶民へと広がり始めた。この利休が好んだ茶菓子と言われているのが、「麩の焼き」である。小麦粉を使ってクレープのような生地を作り、甘じょっぱい山椒味噌とケシのみやクルミなどを巻いたものだ。

お好み焼きが登場するのは大正時代のことではある。その原型は東京で流行したどんどん焼きじゃないかと言われている。けれど、利休の粉もの好きが大阪に影響を与えたかも知れないと考えることもできる。粉物が大阪を中心に人気となり、東京よりもその人気が高まったのは、戦国以来の粉物文化が菓子やうどんなどの形で繋がってきたのかも知れない。そう思うと300年の時を超えたコラボレーションといえるだろう。

今日も読んでくれてありがとうございます。スシは、漬物からどんどん簡素化されていったよね。「酸っぱくて美味しいもので、魚と米の組み合わせ」ということで、握り寿司よりもずっと前に箱寿司が登場している。これも町人たちの工夫によるものだ。その発祥の地が大阪であることを考えると、食文化の庶民化の始まりは大阪だったんだろうな、という気がしてくる。

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