今日のエッセイ-たろう

そもそも、伝統ってなんだろうね。 2025年4月9日

「伝統」って一体なんだろう。長く続いていれば伝統なのだろうか。だけど、ぼくらは大して長くないもの、捏造されたものを伝統だと思い込んでしまうこともある。なんでこんな事が起きるのだろう。

言葉としての「伝統」が使われたのは中国の漢帝国時代。東夷伝だったかな。元々の意味では、「血統」とか「世襲」という使われ方だった。東方の倭国には30ほどのクニがあって、それらの王は「伝統=世襲」である。といった具合だ。

日本で、現代のような意味で伝統という言葉が使われるようになったのは大正時代のこと。それまで、慣習とか伝承と表されていたようなものが、伝統ということになっていった。トラディションからの和訳の過程で、伝統という語におちついたのだそうだ。

日本の伝統とはなにか。と考えようとすると、実はとても難しい。

例えば、300年くらい前に遡ってみると、庶民には庶民の慣習があって武士のそれとは違うし、貴族もまた違う。慣習が違えば、当然ながらなにを大切にするかという価値観も違う。価値観が違えば、考え方も異なるはずだ。誠実で忠誠心が高く、争いごとを好まない。というのは、江戸時代の武士階級の価値観。自己主張が強くてすぐに喧嘩するのが庶民文化。いわゆる江戸っ子というのは、同じ江戸に住まう武士や僧侶と対比して表された江戸庶民の気質のこと。この時代の、生き馬の目を抜くような熾烈なビジネスウォーを知れば、それも納得できそうだ。

日本食文化の変遷を辿っていくと、社会の上流から下流へとその文化が伝わっていく様子がわかる。憧れがあったのだろう。貴族社会のものは武士社会に受け継がれて、その時武士らしいものに改変された。武士階級から庶民へと伝わるときも同様だ。そのたびにちょっとずつ改変されていくことで、いつの間にか魔改造を呼ばれるほどに大きな変化を生む。魔改造とは、変化の中間を見ないことで発生するものだ。社会の流れの中でゆったりと変化したものは、あまりにもゆっくりであるために中間過程が見えにくくなる。職人は自分が納得行くまで世に出したくないという気質があるから、ビフォアフターで大きく変わったように見える。といったところか。

面白いのは、現代社会で「伝統的」とされている文化の多くは「武士階級の文化」か「捏造された文化」であるということだ。明治維新で武士階級が解体されて四民平等の世になると、あこがれの武士のマネをし始める。詩を作ったり、能楽を楽しんだり、正月には紋付袴を着るようになった。紋付袴は、近世以前は武士の装束だ。映画の中で庄屋や名主が紋付袴をまとっていることがあるが、それは土地の管理者として特別に武士並みの待遇を許可されていたからである。苗字帯刀と同じように考えると良い。

伝統的な衣装、伝統的な食文化、伝統的な考え方、伝統的な家族像などなど。いずれも、武士階級のものだということも多い。このとき、政府や影響力のある人物が唱えた思想が伝統というカテゴリに組み込まれることもあった。新渡戸稲造の武士道は、外国に向けて日本人とは何者かを説明したものだったけれど、日本国内でも敷衍した思想だったのかもしれない。明治政府が茶の湯の精神を日本らしさの象徴として利用したのもその一つだろう。

場合によっては、ビジネス目的で作り出されたものもある。おせち料理のルーツは古くからあるけれど、おせちという言葉と正月が強く結びつけられたのは近代のこと。恵方巻という新たな伝統が作り出されたのは、記憶に新しい。

「系譜」と「守るべき価値あるものを伝える」という観念が融合して出来上がったのが、現代の我々が知っている「伝統」。日本の伝統は古くからずーっと続いてきた素晴らしいものなんだ。という意識がナショナリズムとくっついて、昭和時代に確立したものだという。

現代的解釈の「伝統」というのは、「系譜」「価値」「伝える」の3つから成り立っているのだと考えている。「系譜」というのは、平たく言えば古くからずっと続いているもののことだけど、前述の通り新たに捏造されたものも少なくないのが気をつけたい所。ぼくらは、自分の人生の長さを尺度に歴史を図ってしまうところがあるけれど、おそらくそれでは短い。「価値」は、守るべき価値があると感じることだ。価値なんてものは、社会の変化とともに変わってしまうものだけれど、それに耐えて継承されてきた「これ良いなぁ」と感じられるものがある。それこそが伝承されてきた美意識や価値観そのものだろう。そして「伝える」。見落とされそうなポイントなのだけど、伝えるという行為そのものに価値を見出しているところがある。どうも、伝統的な美学には、移ろいゆく経過を愛でる傾向がある。季節の移ろいを愛でるのであって、最高の瞬間だけを愛でるのではない。和歌も絵も、瞬間を切り取っているけれど、前後の移ろいをその中に封じ込めることに注力しているように思う。そういった意味で、伝えるという行為そのものが、ある意味伝統の本質かもしれない。

今日も読んでいただきありがとうございます。安易に「伝統」という言葉を使うのを避けているんだよね。商品のプロモーションの中にも、安易に伝統という言葉が使われていることがあって、それに対する反発心なんだろうな。言葉の使い方と、伝統という概念の奥行き。まだ途中だけど、丁寧に向き合っていきたい。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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