今日のエッセイ-たろう

レストランという不思議な空間。 2024年1月9日

外食の価値ってなんだろう。思えば、たべものラジオを始めるきっかけになった問いだった。飲食店を経営するには、原点に立ち返る必要があると思ったんだ。そのためのアプローチとして、外食の始まりへと遡ることもしたし、現状を観察していろいろと考えてみたりもした。

よくよく考えてみたら、レストランって不思議な場所なんだよね。空間に入ると、たくたんのテーブルが並んでいる。そこに座る人たちは、互いに挨拶をすることもない。当然会話もない。目を合わせることもなければ、まるで互いが存在しないかのように振る舞い、それぞれに食事をする。もちろん、食べ物を分け合うなんてことは無い。

ぼくらにとっては当たり前のことなのだけれど、レストランが存在しなかった時代の人が見たらどう感じるだろうね。そもそも「食事の場に人が集まる」というのは、「食を共有する」ためだったんだ。みんなで食事をして、食べ物を分け合い、連帯感を高めて仲間であることを感じ合う。そういう空間。原点のスタイルと比べてみると、レストランとはなんとも不思議な空間である。

食べ物を分け合う。という点においてだけは、厨房を覗いてみれば達成されていると言えなくもないか。でも、違和感があるなぁ。

現代の欧州型レストランの原型は、貴族社会の饗宴にある。いわゆるパーティーであり、豪勢な食事である。古い時代では、貴族と一般庶民との格差は大きかった。各家には料理人が存在していて、メイドが給仕する。わざわざ声をかけなくても、必要なタイミングで飲み物が提供されるし、空いた皿は次の料理と交換される。このスタイルを再現したレストランがあるとしたら、それはかなりの高価格にならざるを得ない。スタッフの生活を保証しなくちゃならないからね。

「豪華な食事」が民主化する時に生まれたのがレストランと言える。膨大なコストが発生する「食事を提供するスタッフ」と「食事を楽しむためだけのリッチな空間」を、社会でシェアすることにした。みんなでコストを分担すれば、庶民でも上流階級の文化を楽しむことが出来る。最初は裕福な庶民から始まり、ゆっくりと裾野が広がっていったわけだ。

だから、ホールスタッフの扱いが日本のそれとは大きく違うんだよね。元々が「召使い」のポジションなのだ。日本の場合は、亭主が客をもてなすのだけれど、それは茶頭と客の関係に似ている。互いに礼を尽くして、対等な存在。中居とは、ただ料理を配膳するだけで、お酌なんかはしない。お酌っていうのは、客同士だったり亭主と客の間で取り交わされるコミュニケーションってことなんだよね。

いずれにしても、「食べ物を分け合う」という原点とは違う文脈から生まれたのがレストランというわけだ。で、どうやったら客同士がコミュニケーションをもって、互いに連帯感を得ることが出来るのだろう。イギリスのことわざに「見知らぬ者などいない。いるのはまだ見ぬ友人だけだ。」というのがあるらしい。まったく不自然なレストランという空間に、社会性を生み出すにはどうしたら良のか。

イスラム文化のカフェハーネやロンドンのコーヒーハウス。キャラバンサライや公衆浴場もそうかもしれない。それらは一様に「社交の場」と表現されている。みんな、社交の場を求めていたんだよね。現代人はどうなのだろう。社交の場を求めてすらいないのかな。いや、いろんなイベントを見ているとそうでもない気がする。だいいち、オフ会で集まった人たちの顔を思い浮かべると、人と人との繋がりに喜びを感じているとしか思えないんだよ。

今日も読んでくれてありがとうございます。当店は個室が中心。他人と仲良くなる場としてはふさわしくないのかも知れない。とすると、どうしたら良いのかなあ。とりあえず、今年は定期的にイベントを開催しようとは思っているのだけど。もう少し常態化できないもんだろうか。社交の場をさ。

タグ

考察 (300) 思考 (226) 食文化 (222) 学び (169) 歴史 (123) コミュニケーション (120) 教養 (105) 豊かさ (97) たべものRadio (53) 食事 (39) 観光 (30) 料理 (24) 経済 (24) フードテック (20) 人にとって必要なもの (17) 経営 (17) 社会 (17) 文化 (16) 環境 (16) 遊び (15) 伝統 (15) 食産業 (13) まちづくり (13) 思想 (12) 日本文化 (12) コミュニティ (11) 美意識 (10) デザイン (10) ビジネス (10) たべものラジオ (10) エコシステム (9) 言葉 (9) 循環 (8) 価値観 (8) 仕組み (8) ガストロノミー (8) 視点 (8) マーケティング (8) 日本料理 (8) 組織 (8) 日本らしさ (7) 飲食店 (7) 仕事 (7) 妄想 (7) 構造 (7) 社会課題 (7) 社会構造 (7) 営業 (7) 教育 (6) 観察 (6) 持続可能性 (6) 認識 (6) 組織論 (6) 食の未来 (6) イベント (6) 体験 (5) 食料問題 (5) 落語 (5) 伝える (5) 挑戦 (5) 未来 (5) イメージ (5) レシピ (5) スピーチ (5) 働き方 (5) 成長 (5) 多様性 (5) 構造理解 (5) 解釈 (5) 掛川 (5) エンターテイメント (4) 自由 (4) 味覚 (4) 言語 (4) 盛り付け (4) ポッドキャスト (4) 食のパーソナライゼーション (4) 食糧問題 (4) 文化財 (4) 学習 (4) バランス (4) サービス (4) 食料 (4) 土壌 (4) 語り部 (4) 食品産業 (4) 誤読 (4) 世界観 (4) 変化 (4) 技術 (4) イノベーション (4) 伝承と変遷 (4) 食の価値 (4) 表現 (4) フードビジネス (4) 情緒 (4) チームワーク (3) 感情 (3) 作法 (3) おいしさ (3) 研究 (3) 行政 (3) 話し方 (3) 情報 (3) 温暖化 (3) セールス (3) マナー (3) 効率化 (3) トーク (3) (3) 民主化 (3) 会話 (3) 産業革命 (3) 魔改造 (3) 自然 (3) チーム (3) 修行 (3) メディア (3) 民俗学 (3) AI (3) 感覚 (3) 変遷 (3) 慣習 (3) エンタメ (3) ごみ問題 (3) 食品衛生 (3) 変化の時代 (3) 和食 (3) 栄養 (3) 認知 (3) 人文知 (3) プレゼンテーション (3) アート (3) 味噌汁 (3) ルール (3) 代替肉 (3) パーソナライゼーション (3) (3) ハレとケ (3) 健康 (3) テクノロジー (3) 身体性 (3) 外食産業 (3) ビジネスモデル (2) メタ認知 (2) 料亭 (2) 工夫 (2) (2) フレームワーク (2) 婚礼 (2) 誕生前夜 (2) 俯瞰 (2) 夏休み (2) 水資源 (2) 明治維新 (2) (2) 山林 (2) 料理本 (2) 笑い (2) 腸内細菌 (2) 映える (2) 科学 (2) 読書 (2) 共感 (2) 外食 (2) キュレーション (2) 人類学 (2) SKS (2) 創造性 (2) 料理人 (2) 飲食業界 (2) 思い出 (2) 接待 (2) AI (2) 芸術 (2) 茶の湯 (2) 伝え方 (2) 旅行 (2) 道具 (2) 生活 (2) 生活文化 (2) (2) 家庭料理 (2) 衣食住 (2) 生物 (2) 心理 (2) 才能 (2) 農業 (2) 身体知 (2) 伝承 (2) 言語化 (2) 合意形成 (2) 儀礼 (2) (2) ビジネススキル (2) ロングテールニーズ (2) 気候 (2) ガストロノミーツーリズム (2) 地域経済 (2) 食料流通 (2) 食材 (2) 流通 (2) 食品ロス (2) フードロス (2) 事業 (2) 習慣化 (2) 産業構造 (2) アイデンティティ (2) 文化伝承 (2) サスティナブル (2) 食料保存 (2) 社会変化 (2) 思考実験 (2) 五感 (2) SF (2) 報徳 (2) 地域 (2) ガラパゴス化 (2) 郷土 (2) 発想 (2) ビジョン (2) オフ会 (2) 産業 (2) 物価 (2) 常識 (2) 行動 (2) 電気 (2) 日本酒 (1) 補助金 (1) 食のタブー (1) 幸福感 (1) 江戸 (1) 哲学 (1) SDG's (1) SDGs (1) 弁当 (1) パラダイムシフト (1) 季節感 (1) 行事食 (1)
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

-今日のエッセイ-たろう
-, , ,