今日のエッセイ-たろう

思想・アートの影響を受ける食文化。 2023年3月3日

たべものラジオのために勉強をしていて、つくづくと感じることがある。料理や食文化というのは、生活であると同時に思想でもありアートでもある。そんなふうに見えるのだ。

思想というと、とてもハイソサエティな感じを受けてしまう。その時々の社会の上流階級で発生したもの。それが思想として現れて、アートなどに反映されていって、料理にもその影響がある。というような感覚だ。しかし、社会によっては上流階級だけがその思想を持っていたわけじゃないようにも見える。いわゆるポップカルチャーである。

ポップというと、様々な意味合いで用いられるようだ。ポップ・ミュージックやポップなファッションといったような感覚。知恵蔵では以下のように説明されている。「ポピュラーの略で60年代に支持された前衛的な美術様式。ファッションではコントラストのはっきりした配色や合成繊維などを用いた現代的なスタイルを指し、軽い、気取らない、ごちゃまぜ感覚の、などを意味する。」

ポピュラーの略語という意味でいえば、大衆向けと考えるのが本質的かもしれない。大辞泉では「大衆向きで、時代にあっているさま」と最初の項目に記されている。

ポップ・カルチャーとハイカルチャーと対比して見比べるのが良いのだろうか。決して対立構造のものではないのだろうけど、理解を助けるために対比してみることにする。ホントは世界中の文化を並べてみるのが良いのだろうが、そこまで勉強が進んでいないので日本のカルチャーを例に料理への影響を考察してみようと思う。

日本のアートである。桃山時代からの流れをざっくりと見てみよう。桃山時代は、大雑把に言って織田信長や豊臣秀吉の時代。織豊(シキホウ、ショクホウ)時代である。この頃、狩野派が絶頂期を迎える。狩野派の中でも有名なのは狩野永徳か。その大胆な構図は戦国武将に愛され、安土城や聚楽第の壁画にも採用されていたらしい。戦国武将に人気が高く、あまりにも忙しかったために構図を大胆にせざるを得なかった。それに、狩野派の絵師たちは、トップの絵を再現するために存在していたという。親方の料理を再現する調理師のようだ。客層を見る限り、これはハイカルチャーである。狩野永徳の絵が一般人の目に触れるようになるのは、それから数百年後のことだ。

本阿弥光悦がプロデュースして俵屋宗達が描いた風神雷神図屏風。これが描かれたのは元禄時代。江戸幕府が成立して100年くらい後の話。元禄時代というのは、日本においてポップ・カルチャーが勃興した時代である。というように、ぼくには見えている。

絵の世界では、円山応挙、伊藤若冲が活躍したのもこのころ。芸能の世界であれば、好色一代男を観光した井原西鶴、曽根崎心中の近松門左衛門、奥の細道の松尾芭蕉などであろうか。

屏風絵に、文学、人形浄瑠璃(文楽)、俳諧。こうしたものは、現代人の我々が見るとハイカルチャーのように見えているかもしれない。けれども、当時はポップ・カルチャーだったはずだ。井原西鶴の好色一代男などは、明らかに大衆向けの小説だろう。主人公は一生をかけて女性を口説き落とすことばかりを繰り返していくのだ。これが大衆向け以外にありえようか。

当時の娯楽といえば、人形浄瑠璃と歌舞伎である。とにかく大衆を楽しませることだけに特化した芸能。能楽とはわけが違うのだ。三味線に合わせて語り聞かせるスタイルが浄瑠璃として定着した後、それを傀儡と組み合わせた。その結果細かな表現が出来ないことになり、物語性が重視されていくようになるのだ。その物語性を面白がったことから、一度は近松門左衛門も歌舞伎の脚本家になるくらいだ。数年歌舞伎の脚本を書いた後、近松門左衛門は人形浄瑠璃に戻った。役者が脚本通りに演じないことに不満を覚えたとか、脚本家を大事にしてくれた人気俳優がなくなったとか、理由は色々言われている。で、人気脚本家を失った歌舞伎は、人形浄瑠璃の演目をさっさと歌舞伎に取り入れる。とにかく人気があるのならば何でもやるのが歌舞伎なのだ。

こうした元禄文化は、出版文化が花開いた時代である。井原西鶴の好色一代男が爆発的に人気が高まったために、上方では書店が10倍にも増えたそうだ。本が売れる。本をつくる人も増える。本が、日本の文化を変えていく。というのは、現代にも通じるメディアのパワーかもしれない。これ以降、早くも雑誌が出版されていくようになる。というのが、宝天文化という時代だ。

宝暦から天明のおよそ半世紀。いわゆる田沼意次が活躍した時代である。商人のパワーが拡大したことと同時に、文化の拠点が上方だけではなく、江戸でも発展した時代。文化の潮流が大きく変動した時代区分が、元禄と宝天である。

食文化においては、「見立て」が広がる。名所の風景になぞらえたもの、語呂合わせで縁起の良い名前がつけられたものなどが考案され、それが料理書として広く知れ渡っていく。遊びの要素を含んだ食文化が大衆に広がっていくのである。後に化政文化の時代に「寿司」という言葉が遊びとして登場するのは、元禄以降のポップ・カルチャーの流れの行きつく先であったのだろう。二八蕎麦が一杯で十六文などという値決めも、掛け算からくるものだ。小麦二割にそば粉八割。それが二八蕎麦であるが、値段までそれにちなんだものになってしまったのは面白い。

どうやら、料理の盛り付けが変化し始めたのもの頃からのことらしい。室町時代以前の盛り付けは基本的に左右対称である。そもそも、お膳の上に並べられたのは小皿だ。一つのさらに複数の料理が盛られている様子はない。ところが、江戸中期を越えたころから盛り込み料理を見かけることが出来るようになってくる。日本料理では八寸ものなどと言わるものだ。いつ頃からかは判然としないが、盛り付けがアシンメトリーになっていくのが興味深い。完全な対照を描くのは、むしろ居心地が悪いということになっていく。このあたりは、後の時代に西洋で登場する「自然は直線を嫌う」という思想にも似ている。もしかしたら、見立ての文化を取り入れた結果なのかもしれない。日本人が感じる美しさとは、アニミズムに基づく自然美だとすると、それに見立てた盛り付けは対照ではなくなるのかもしれない。そんなふうに見えるのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。アートや思想の文脈から食文化の変遷について語った書籍があれば良いのだけど、今のところ見つけられていない。きっと誰かが研究しているとは思うんだけどね。どう考えても影響あるはずなんだよ。アーツ・アンド・クラフツ運動とか、民藝運動とか、日本画の登場とか、北斎とか印象派とか。これはなかなか壮大な話になりそうだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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