掛川三城物語① 2024年6月13日

静岡県掛川市には、3つの城がある。細かなことを言えば、他にもいろんな史跡があるのだけれど、現在一般に知られているのは、掛川城、高天神城、横須賀城。平成の大合併によって、この3つの城は掛川市なのだけれど、それ以前なら掛川市、大東町、大須賀町のシンボルだった。それぞれの城は、築かれた年代や役割が違うのだけれど、歴史の物語のなかで相互に関係し合っている。いまだ心は合併前のままだという人もいるけれど、歴史を紐解けば文化も繋がっていたのだ。

あまり語られることもない、掛川の城について、書いてみようと思う。

掛川城は、東海道沿いに位置する遠江の重要拠点。ここを抑えないことには遠江国を所領するとは言えないのだ。

1560年の桶狭間の戦いで、今川義元が討ち死にする。尾張国の国人衆でしかなかった織田信長の奇襲によるものだった。今川の家督は息子の今川氏真に引き継がれるのだが、このとき弟のように可愛がっていた男が主家を離れて独立する。後の徳川家康だ。

遠江も三河も、今川義元という強力な領主を失い、傘下にいた国人衆は戦国の世をどうやって渡っていこうかと思案していた時期。やがて、家康が三河を統一して遠江へと侵攻する。浜松城(曳馬城)を手に入れた家康は、東から侵攻してきた武田信玄と掛川を挟んでで対峙することになる。このときの掛川城の主は朝比奈という今川家の重臣。そして、武田信玄に攻め込まれた今川氏真も掛川城にこもっていた。

掛川の攻防では、実は天竜川の北方から武田信玄の家臣秋山が攻めてきていた。が、東からの軍勢とともに浜松を挟み撃ちにする計画だったのだ。けれども、今川の必死の抵抗によってなかなか本体がやってこない。秋山は何かを諦め、一旦引き上げることにしたのだ。これによって、家康は浜松から出て東へと進むことが出来るようになった。

元々の計画では、とっくに今川氏真は倒されているはずだった。武田勢が引き上げたあとに掛川城へと迫った家康は、そこに兄と慕った氏真がいたことに驚いて一旦城攻めをやめている。いかに防衛力に長けた掛川城であっても、援軍の見込みのない籠城戦は意味がない。力押しに押せば、掛川城は家康の手に落ちたはずだ。けれども、掛川城は無血開城となっている。家康は、掛川城の周辺に多くの付城を築いている。付城といっても、まともに本丸があるのは一部だけで、そのほとんどは兵の駐屯地。そこかしこに兵を配置して、圧力をかけることで戦わずして講和を結ぼうというのは、自らの手で氏真を打ち取りたくなかったのだろうと言われている。実際、この二人は仲が良く、後に氏真は征夷大将軍になった家康のいる江戸城へ気軽に出かけている。本来ならば、将軍に謁見するためには数々の手続きが必要なのだけれど、氏真だけは別格。氏真が来たからという理由で、仕事や会議、来訪のアポイントメントを急遽キャンセルして応対していたという。そして、ひとときほど雑談をしては帰っていく。当時の重臣たちは、「甚だ迷惑」と書き残している。

家康は、今川氏康の妻の実家である北条氏に連絡して、迎えに来てもらう。氏康が無事に帰ることが出来るように、旅の安全は家康が保証した。

さて、今川家の去った遠江の支配に乗り出した家康にとって、次に攻略すべきは高天神城だ。現在の掛川市南部に位置するこの城は、遠江の要とも言われている。中世から存在する高天神城は、現代人が思い描く天守閣も白壁の建物や塀もない山城なのだけれど、硬い岩盤が険しい崖を形成していて、防御力の高さで知られていた。ここが重要だったのは、城そのものの堅牢さもあるけれど、なにより海運の要だからだ。今でこそ、海までは数キロメートルも離れているのだが、かつては城下に海が迫っていた。浜野浦という小さな湾のようなものがあって、そこから遠州灘へと船を出すことが出来る。物資の輸送も可能だし、戦闘においては敵の背後をつくことも出来るし、洋上を分断することも出来る。制海権を考えるなら、もっと海辺に城を築けば良さそうなものだけれど、当時の常識では城は山に作るものなのだ。平城など防御力が低くて信用できない。つまり、海から最も近い強固な山城、それが高天神城なのだ。

ただ、家康は高天神城を攻める必要がなかった。今川家の家臣だった高天神城主の小笠原氏は、家康に恭順することになったのだ。掛川城と高天神城を手に入れた家康によって、遠江の支配権は固まっていくかに見えたが、そうはいかない。大井川の向こうから武田信玄が迫ってくるのだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。エッセイじゃないんだけどね。地元の歴史をまとめて学ぶ機会って、あんまりないんだ。自分のなかでも整理したいし、記録しておきたいので、しばらくは続きを書いていきます。

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