今日のエッセイ-たろう

海図を手に入れるための学び 2023年3月1日

履歴書というのは、その人が過去にどんな人生を辿ってきたかを書き記したものだ。就職活動で書いたことがあるだろう。新卒採用では、履歴書に書く内容は主に学歴になる。中途採用であれば、職歴も書くことがある。今まで何をやって来たか、についてを、ざっくりと記したものである。

履歴書に書かれた情報は、その人の歴史のごく一部を書き出したものでしかない。どこの大学で何を学んできたか。ということの表層部分だけ。面接では、それを手がかりに会話をしていくことになる。略歴を見て、その人の歴史を知る。歴史を知ることで、その人がどんな人なのかを知ろうというのだ。

未来のことはわからないし、現在のこの瞬間のこともイマイチ判然としない。だからこそ、過去の歴史を聞く。なぜなら、過去のことは変わらないから。嘘で固めない限りだが。

就職だろうと、事業だろうと、本当に知りたいのは未来のこと。この先がどうなるかである。それがわかれば、利益を出すことも容易いのだ。来年爆発的に売れることがわかっている商品があれば、今のうちにそれを作る。他の全てを捨ててでもそれを生産しておけば、まず間違いなく大きな利益を生み出すことが出来る。ただ、そんなことが出来ないから悩むのだし、同時に楽しいのでもある。

未来のことを知るためには、その過去を学ぶ。こういった話は、あちこちで耳にすることが出来る。地元の中学校や高校で講演を依頼されたときには、ぼくも必ず話すようにしている。しかし、直感的には理解が難しいようだ。過去は過去であって、未来ではない。当然の話しだけれど、歴史を学んだところで、一体何に役に立つのだろうかという気持ちが強く働く。その原因がどこにあるのかはわからない。もしかしたら学校教育に原因があるのだろうか。歴史そのものを学ぶけれど、それを現代に活かすすべを学ばない。そんなところかもしれない。ただ、先の履歴書の事例のように、同様の手法は社会に実装されているのだ。

徳川家康は、江戸幕府の基礎を築くにあたって、過去の事例を学んだという。織田信長や豊臣秀吉の治世だけでなく、中国の唐や宋の事例を学んだらしい。平安時代以降の歴史にも詳しかったとか。そうした過去の事例を生かして、江戸幕府の基礎を固めていったのだという。

未来を考えるにあたって過去を学ぶ。これは、どんなカテゴリでも行われる基本のようだ。コンサルティングを生業としている友人に話を聞いても、やはり同様らしい。対象となる企業の業種や事業形態を知るのと同時に、同業他社や業界全体のことを学ぶ。そして、その業界の過去についてもリサーチを行うのだそうだ。そうすることで、少しばかり未来の予測が可能になるのだと聞いたことがある。酒の席のことだが、そんな話を聞いたのだ。

個人的に気になったのは、その歴史の深さである。彼が話してくれた事例を聞いていると、どうやら近代以降の話が多いようだ。戦後の復興期以降であったり、古くても明治以降の話である。それ以前について、解像度が急に低下するのだ。

現代の社会構造、特に経済については近代以降の社会が大きく影響しているからだろう。ビジネス書を読んでも、20世紀以降の話が中心になっている事が多いのだ。それは、経済が直結しているからだろうと思う。

ただ、もう少し古い時代からリサーチを始める必要があるのではないかと、個人的には思っている。なぜなら、ビジネスとは社会の挙動を見定めることから始まるからだ。社会の挙動というのは、すなわち人々の挙動そのものである。そして、それにはいくらかのパターンのようなものがあるようにみえる。

100年前からの歴史を知った上で予測する未来。2000年前からの歴史を知った上で予測する未来。まだぼくには未来を見通すほどの知見は無いのだけれど、両者には違いがあるようにみえるのだ。ピラミッドのような構造を想像するとよいだろうか。元になる土台が大きいほど、高くまで積み上げることが出来る。そんなイメージを持っている。しっかりとした大きな土台があれば、未来を予測する精度が高まるのではないだろうか。もしかしたら「今までの傾向をみれば、こうなるに決まっているじゃん」という程にまで精度を高めることが出来るかもしれない、とすら思うのだ。

実は、たべものラジオを始める前は、そんな思いから「食の歴史」を調べ始めたのだ。何の因果か、料亭を経営することになった。食産業が大きく変動しようとしている時代にである。しかし、食に関する社会や経済がどのような状況にあるのかがよくわからない。どれほどの変動が起きようとしているのかを認知することが出来ない。だから、比較対象としての過去の事例を学ぶより仕方がないのだ。そうすることで、現在が歴史上のどのような位置づけにあるのかを推察することが出来る。未来ではなく、現在が歴史の一部として認識できるのではないかと思ったのだ。今がわかれば、その先の未来を予測するための手助けにはなるだろう。

今日も読んでくれてありがとうございます。経済という大きな海を航海していくには、羅針盤や海図が必要だ。財務諸表は、船に取り付けられた計器類のような自分の船の状態を知るためのものだ。それ以外にも海の状況を知って、船がどこにあるかを知らなければならない。歴史を学ぶというのは、海の大きさそのものを知って、船がその中のどこにあるのかを相対的に知るということ。つまり、海図のようなものなのじゃないかと思うんだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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