今日のエッセイ-たろう

深夜ドライブと、見えにくい食の話。 2025年7月11日

「お腹が減った〜。お金が無いわけじゃないのに、食べられないなんてツライ。」

友達と車でスノーボードを楽しみに出かけたときのことだ。もう、随分と前のことだけれど、なんだか強烈なイメージとなって脳裏に焼き付いている。運転席にいたぼくは、後部座席から投げかけられる声を聞いたのだった。

仕事が終わってから集合して、東京から栃木へと夜道を走っていた。一般道を選んだのは、高速代を節約しようという気持ちもあったし、途中で食事をするのも楽しみの一つだと思っていたからだ。東京に近いエリアでは、なかなか車を止められるような飲食店もなく、そのまま北へと車を進めたのだが、しばらくして田舎道の様相を見せるようになると、飲食店が見当たらなくなってしまった。なにしろ、夜遅い時間のことである。飲食店の看板が無いわけではなかったのだけれど、どれもこれも消灯されていたのだ。

お金は食べられない。わかっちゃいるけど、そういう状況になってはじめて実感した。なんとも間抜けな話である。

日本の食料自給率は38%程度。どれほど外貨を稼いだところで、いつ何が起きるかわからないという気持ちがどこかにある。どこかにあるのだけれど、それは顕在化していないために実感が薄いのかもしれない。

食料自給率を上げるためには、スマート農業や大規模農業などが好ましいというのは、どうやら企業が農業を行うことを前提とした国策らしい。諸外国を見れば、たしかにその通りとは思うところもある。けれども、気がかりなこともある。一体誰が生産以外のコストを負担するのだろう。

農業も水産業も、食べ物を生産する以外の仕事がある。自分の畑だけでなく、山の整備をしたり雑草を刈り取ったり、水源の保全をしたりと、ぼくらが想像するよりもずっと忙しい。田舎町では、よく地域みんなで草刈りをする日が設けられていて、その慣習は住宅地に姿を変えた地域でも続いていることがある。これは、農村における「生態系の維持活動」の名残だという。農業が成立するためには、周囲の生態系の維持が欠かせないのだ。だから、その労働そのものには対価が払われることはないけれど、みんなで協力しあって作業を行うのである。

この活動が、企業と相性が悪いのじゃないかというのが懸念点だ。あまり詳しいことは知らないので、明確に語るのは難しいのだけれど、多くの企業は利益に繋がらないコストは削減したいものなのじゃないかと感じている。いや、悪気があってやっているわけじゃなくて、そういう宿命のようなものを背負っている。生態系維持活動は、社員を動員すればその分の給料を負担しなければならないし、外部に委託するにしても同様だ。それに、企業型の大規模農地が複数連なる地域では、それぞれの企業が連携して里山の生態系維持活動を行わなければならない。これが可能なのだろうか。

もちろん、生態系維持も含めての農業活動だから、実際にはやらなくちゃならない。自然保護のためという意味ではなくて、それをやらなければ農業生産が守れないから。で、そこまでやってもちゃんと「儲かる農業」が実現できるのだろうか。いや、批判するつもりはないんだ。出来るなら全く問題ない。心配なのは、生態系維持活動のコストを含めても利益の出るビジネスモデルが構築できるものなのかが、門外漢のぼくにはよくわからないのである。

食糧の自給は、国が存在するための基礎。歴史のどの社会を切り取っても、基本的なことだ。自給率が低いのに国を維持できているというのは、主に近代以降になって現れた不思議な現象のように見える。歴史の中ではイレギュラーなのだろう。確かに、今となっては、自給率100%というのは現実的ではないということになってしまうのかもしれない。けれども、基礎は基礎なので、目指す姿勢は崩さないほうが良いと思うんだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。飽食の時代って言われるようになって日本は豊かな国になったって言われてきたけど、これって幻想なんじゃないかな。食料生産という意味では、まったく豊かになっていないもの。食料生産は根幹なので、経済のシステムだけじゃなくて、みんなで支える仕組みが必要な気がするよ。それこそ、アメリカやフランスみたいに補助率をもっと揚げても良いかもしれない。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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