今日のエッセイ-たろう

移りゆく宴会のカタチ 2024年11月22日

宴会らしい宴会ってなんだろう。昭和や平成の頃だったら、宴会といえばなにかしらの余興がつきものだったというけれど、確かにそんな風景をたくさん見てきた。数年前だったら、学校の先生の集まりでは余興が組み込まれていたけれど、最近ほとんど見なくなったな。

そう言えば、幹事さんの立ち回りもずいぶんと変わった。一番わかり易いのはファーストドリンクの注文。部屋に呼ばれていくと、「ドリンクの注文受けるんで、言ってください」というケースが増えた。店員を呼び出してそのセリフを言うだけならば、その役割は必要ない。ドリンクのオーダーを受けるのなら、プロである店員に任せたほうが効率が良いからだ。

ちょっと気が利く人だと、事前に注文を取ってメモしてくれる場合がある。ありがたい面もあるのだけれど、これも弱点がある。例えば「焼酎の水割り三つ」だとして、その焼酎が芋なのか麦なのかを聞いていないというケース。しょうがないのでもう一度御用聞きに行くのだけれど、正直なところ店員が直接聞いたほうが情報の漏れが少なくて効率がいい。営業中に売り切れてしまった飲み物を把握しているのは、やはり店員なのだ。

上記のいずれのパターンでも、最初の乾杯までに時間がかかる事が多い。というのも、どういうわけかオーダーがバラバラであることが多いのだ。全てとは言わないけれど、その傾向があるのは事実。ドリンクを用意するデシャップは、どんなに大きな店で余裕があっても限界がある。バラバラの注文は、それだけ手間と時間がかかるのは避けられないのだ。だから、最初の乾杯をするまでに飲み物が揃うまで待たなければならず、妙な時間が出来てしまう。

慣れている人が幹事をやるとこうなる。「最初はビールでお願いします。お酒を飲めない人は烏龍茶でいいですか。」これだ。

個人の好みや多様性を考えれば、必ずしも良いこととは言えないかもしれないけれど、効率が良いのは間違いない。

まずは宴会をスタートさせる。そのためには、乾杯とそれに伴う挨拶が必要。それを優先させておいて、場が落ち着いてきたら各々好きなドリンクを注文すれば良い。そうなってしまえば、幹事の出番など宴会の終わり頃までないから、幹事だって宴会の食事やお酒を楽しむ余裕ができるというものだ。

ある程度人数の多い宴会では、これが定番だった。だから、ぼくらも序盤に瓶ビールを用意してスタンバイしていた。烏龍茶だってピッチャーで提供することも多かった。そんな事情だから、各席には予めグラスが配置されるようになったのだ。

日本全国どこに行っても、ほとんどの宴会場には瓶ビールと烏龍茶がある。それが人気だからという理由もあるのだろうけれど、これほどまでに広く普及したのは宴会の乾杯に適していたからだということもあるのではないかと思っている。ちゃんと調査したわけではないけれど、どうもそんな気がしてならない。

試しに烏龍茶ではなく、半ば強引に緑茶にしてみたことがある。そうしたら、途中から烏龍茶に変更されることなく緑茶のおかわりがしばらく続いたのだ。つまり、会社の忘年会などの宴会では、烏龍茶でも緑茶でも構わない。どちらでも良いのだ。

ただ、たまたま昭和の宴会文化が成立する時代に、キャンディーズのコンサートをきっかけにウーロン茶がブームになった。そういう可能性も考えられる。

食文化や習慣というのは、こうしたよくわからない流れのようなものに押し流されている。バラバラのオーダーが当たり前になっても、やっぱり最初に乾杯をしなくちゃ宴が始まらない。となると、どれだけ効率化して早く提供できるかという工夫が進められていく。今はそういう時代なのかもしれない。

今日も読んでいただきありがとうございます。「とりあえずビール」っていうのは、そのうち死語になるのかな。ぼくの周りではそんな気配ないように思えるけどね。泡が消えちゃうとか、お預け状態とか、そういうの気にしなければ良いんだけど。どうなるんだろうな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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