今日のエッセイ-たろう

言葉の作法と所作の作法、両方とも学ぶ機会があったほうが良いのに。 2025年5月28日

インターネットが発達して嬉しいのは動画を自由に見られるようになったこと。特別に映画ファンというわけでもないのだが、自分のタイミングで映画という世界に飛び込んでいけるという自由はありがたい。物語も好きなものがあるし、素晴らしい役者さんの演技を見るのも好きだ。どこか、一流の職人さんの手元を見て惚れ惚れする感覚に似ているものがある。

野村萬斎さんの狂言は一度だけNHKで見たことがあるだけだけど、映画なら選んで見ることが出来る。言語化するのも野暮な気がするけれど、とにかく美しい。演技の技量も迫力も、素人でも感じるものがあるのだが、所作の美しさは惚れ惚れと見とれてしまう。始めてみたのはのぼうの城だったかな。素晴らしいコンテンツを見たいとき見られるというのは嬉しいよね。

お芝居じゃないけど、例えば古今和歌集の仮名序は美しいよ。古文の素養があるわけじゃないのだけれど、なんだかわからないけど、それでもやっぱり美しいとは感じている。紀貫之ってスゴイ。それから、枕草子。言っていることそのものは特別なことじゃないと思うんだけど、視点が面白いし、それをただただ美しい表現で言葉になっていく。そんな感じ。

所作も言葉も、なにかしら相手に伝わるものがある。当たり前だけど、言葉なんてのは伝えるために生まれてきた存在だしね。コミュニケーションの道具だ。道具っていうのは、乱暴に扱えば怪我をするが美しさをまとえばそれなりの結果をもたらす。包丁だと思えば、怪我をすることもあれば素晴らしい包丁さばきで料理をすることも出来る。所作も、やっぱり同じなのだ。

日本料理に関わる商売をしていると、時々作法とかマナーについて質問を受けることがある。まぁ、接客中に聞かれることはないけど、プライベートな知り合いには聞かれることがあるんだ。で、ぼくは小笠原流礼法を学んだわけでもないし、謎のマナー講師というわけでもないので、ちょっと困ってしまうのだけど、基本的な考え方だけは伝えるようにしている。

マナーとか作法と呼ばれるものは、敬語と同じ感覚。お互いにリスペクトを持って接するなんていうのは、人として当たり前のことでしょう。それをテンプレートとして用意してくれてあるのが、日本語ならば敬語だし、所作ならば作法。そんな捉え方。

たまに、作法なんて知るかよ、という人もいるし、食事なんて自由に食べればいいじゃないか、と言う人もいる。その主張を貫くのであれば、言葉もそのように扱ってみて欲しい。不適切なタイミングで敬語を使わず、あまつさえ乱暴な言葉を使ってご覧なさい。あっという間に、SNSで荒れているような世界が実社会に出現することになるから。それこそ、トマス・ホッブズの言う「万人の闘争状態」になるよね。敬語が社会契約に該当するかどうかわからないけど、少なくとも万人の闘争状態を回避することに貢献しているとは思う。

誰かが勝手に決めたルールなんかに従えるか。というならば、言葉も同じこと。私達以外の誰かが定めた日本語のフォーマットに則って生きているのね。つまり、所作というのも言葉と同じように捉えれば、人間関係を潤滑に豊かにするために用意されたのが作法と考えてもいいと思うんだ。

作法を知っている人と相対したら、その人は無作法や無礼に気がつくだろう。企業の面接で「おいテメー、何を聞きてぇんだよ」と凄んだら、多分その面接は通らないよね。みんなで食事をしているときに、スタッフさんに無礼な態度を取るようなら、きっと信用を失うよね。箸をご飯に突き立てたら、ちょっと引くよね。いくら食べ残しでも、食べられる食材の上にゴミを乗せるような人は、ちょっと付き合い方を考えさせてもらいたい。こういうことを体系的にまとめたのが作法。

ただ、残念ながらぼくらは所作について学ぶ機会が少ない。言葉ならば小学生の頃から学ぶ機会が与えられている。読み聞かせ、音読、文法などなど、ちゃんとした学習プログラムがある。だけど、作法については教育指導要領になさそうだ。ぼくはあったほうが良いと思うんだけどね。だって、コミュニケーションツールだから。人生が豊かになるなら、実学として取り組んだら良いと思う。

食事の作法を解釈するのに手っ取り早いのは、お膳かな。日本の食事作法って、お膳で食事をすることを前提に構築されている。御椀を手に持つのもそうだし、スマホなどを食卓に置かないというのもそうだし、肘をつかないのもそうだよね。あとは、儀礼とか結界。正座でお辞儀をするときに扇子を横一文字に置くのと同じように箸を置く。お米が左にあるのは、神聖性の現れ。あとは、美しさ。流れるような所作の美しさという意味もあるし、手皿をして手を汚すようなことのないようにみたいに実用的な意味でも美しさもあるか。

これ、まとめると、実用性、神聖性、美意識ってことなのかな。なんとなくそんな気がしてきた。だとすると、謎のマナー講師が新たに捏造した作法に違和感を抱く人が多いのも納得できる。どれかに偏っているとか、反しているとか、そういうことかもね。

今日も読んでいただきありがとうございます。こういうこと書くと、ブーメランで自分に返ってくるんだよね。ぼくも出来ていないところがたくさんあるから。でも、頑張って知ろうと思うこととか、ちょっとでも自分の所作や言葉遣いを気にしようという気持ちは大切だよね。それこそ、コミュニケーションの元になる心の在りようってものでさ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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