今日のエッセイ-たろう

近代以降の茶の湯と社会 2023年1月17日

昨日からの続きです。

茶の湯は、武士や豪商、仏教の庇護を受けながら守られ変化してきた。という話でした。庇護というと、少しばかりぼくの感覚とは乖離があるんだよなあ。受け継いできた、とか、継承してきた、といった表現の法が良いのかな。平たく言えば、流行した階層がそこだったということなんだろうけどね。

江戸時代が終わると、茶の湯業界は大変なことになる。なにせ、武士という人たちがいなくなる。華族になるけど、もう江戸時代のような余裕もない。かつての豪商たちも、多くは姿を消してしまった。十八大通と呼ばれて、江戸の粋を牽引してきた札差なんかは、あっという間にいなくなった。なにしろ、札差の銭の種は旗本だったんだから当然といえば当然。

明治になって、茶の湯を受け取ったのはやっぱり商人だった。数寄者(スキシャ)と呼ばれた人たちで、まぁ財閥の創始者とか、殖産興業の流れに乗って財をなした人たちが中心。江戸時代の人たちと同じ様に、金に余裕ができたことで「美」や「粋」なんかに心を奪われるようになるんだね。

数寄者たちとの交流があった人の中に北大路魯山人もいて、茶の湯と茶懐石に見せられて独自の世界観を料理に展開していくことになる。まぁ、ある意味日本料理の中興のキーパーソンかもね。

明治の時代が面白いのは、茶の湯の継承に一役買ったのが他にもいたことだ。日本政府である。日本という国は、確かに1000年以上もの間ひとつの国として存在してきた。吸収したことはあってもに分裂したことはない。けれども、現在のそれのように文化が一元的にまとまっていたわけではない。三百諸藩がそれぞれに国として自治政権を持っていて、その取りまとめが幕府であるというのが実態。天皇を中心とした国家システムは、それを外側から包む程度の形式であったと捉えたほうが良いくらいだろう。けっこう、文化的にバラバラ。だから、日本らしさというものをどう解釈していいか困る。日本人も困るし、外国人はもっと困る。

そこで、明治政府は「茶の湯を日本の伝統ということにしよう」としたのだ。日本というアイデンティティを確立させるために最も適切だと思われたのが、茶の湯とその思想、そしてそれを取り巻く周辺の文化なんだろう。で、明治政府の意向によって茶の湯が日本の伝統ということになった。

だから、現代に生きる我々が「日本の伝統とは?」と問われたときには「茶の湯」や「侘び寂び」といったものを想起しやすいのだ。作り出したということではないけれど、元々あった流れを政治的に強化して固定させた、という感覚だろうか。

西洋文化がどっと日本に押し寄せ、海外との交流が活発になる。外との交流があるからこそ、自らのアイデンティティに目を向けることになる。これは、国家であっても個人であっても同じなのかもしれないな。ステレオタイプに陥るかもしれないけれど、ときには「決めてしまって信じ込む」ということがあっても良いのかもしれない。

この時代というのが、煎茶の輸出に向けて急速に産業拡大した静岡が、茶産業のトップに向かって躍進する頃。そして、岡倉天心がその著書「茶の本」を持って、外国人に向けて「日本人とはなにか」を説いた頃である。どの程度連動していたのだろう。ちゃんと調べていないのだけれど、大雑把に当時のお茶にまつわる雰囲気が伝わる気がする。

昭和の初期から中期にかけて、日本の経済は低迷する。戦後には財閥が解体される。つまり、茶の湯の庇護者が消滅してしまうのだ。煎茶は賣茶翁の意思が生きているせいか、庶民の日常に溶け込むことで広く浸透した。こちらは庶民が継承者となったのだ。しかし、茶の湯はそうではなかった。あくまでも、特定の社会階層の中で受け継がれてきた文化なのである。継承してきた階層が消滅することは、すなわち断絶の危機を意味するのだ。

思わぬところから、またもや社会によって新たな継承者を与えられる。それが「女子」である。江戸時代に三千家が形式化した所作が、女子の教養としてうってつけだったのだ。当時の女性に求められていたのは、御婦人という虚像であり、あこがれの結婚だった。そういった時代背景に押されて、茶の湯の作法はうまくマッチングした。各地の女学校に「茶道部」が創設されて、女性たちにとても人気があったそうだ。あまり認知されていないけれど、これが茶の湯に女性が登場する初の事例となる。

現代では、茶道経験者のうち多くが女性である。そのきっかけは、社会構造からのニーズがあったというのだ。なんとも興味深い事例だ。

昨日に引き続いて茶の湯の歴史を書き出した。たべものラジオの番組とは少し違って視点で見てきたのだけれど、どうだろうか。詳細部分はかなり端折ったが、少し違った視点だろうと思う。そして、それぞれの転換点を見るにつけては、それが示唆に富む事例だと思うのだ。日本らしさというアイデンティティを見るにしても、階層を考える必要があったし、政治的な背景もある。女性に対する、当時の考え方(男女の考え方双方を含めて)も見られる。音声に比べて、文章はあまり得意ではないので、どれほど表現できたかわからないけれど、少しでも伝わるものがあれば幸いである。

今日も読んでくれてありがとうございます。まいど拙い文章を読んでくれる人がいて、音声を聞いてくれる人に感謝。まだまだ、勉強中なのである。時が経てば、それなりに解釈が変わってくるのが面白い。リスナーの皆さんから教えてもらうことが出来るのも幸福な環境にいるんだと感じるんだ。ぼくは、識者ではなくて、みんなと一緒に学ぶ人なんだよね。サークルみたいなもんなんだろうな。サークル活動したいなあ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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