今日のエッセイ-たろう

「共同事業としてスタートすると失敗する」は本当か?熱狂という合意形成。 2025年6月20日

SNSで興味深い投稿を見かけた。インターネットの黎明期では「共同事業としてスタートしたところは、どこも失敗している」というのである。自分でも調べてみようかと、チラリと思ったものの、結構手間がかかりそうなので諦めた。投稿主が書いた書籍を読んだことがあるので、調査はしっかりされているのだろうと、信頼してみることにする。

新しい技術分野でのチャレンジはリスクが伴う。だから、単独でチャレンジするよりも複数社で共同事業を起こしたのかもしれない。だけど、新技術の黎明期は「アクセル全開で突き進む」という「タイミング」が重要だ。共同事業にすると関係者が多くなってしまい、合意形成に手間がかかり、突き進むトルクが落ちてしまう。という分析。

AIなどの新技術がいろんな業界で目覚しい変化をもたらしている現代、同じ轍を踏まないようにするのは大切だろうとは思う。ただ、だからといって必ずしも「共同事業がダメで単独で突き抜けるのが正しい」ということにはならないと思っている。投稿へのコメントには「インターネットに限らず、古来から同じ歴史を繰り返してきた」という内容があったが、本当にそうだろうか。何が失敗で何が成功なのか、という議論は一旦横に置くけれど、例えば、明治維新は共同事業だったと言って良いのではないかと思う。テクノロジーではないけれど、新しい統治技術の導入という意味では新技術へのチャレンジと言ってもいいはず。廃藩置県などは、閉じた話し合いで決議されたとはいえ、出身も派閥も異なる人達の合意を得て発布されるまでに一月とかかっていない。やろうと思えば合意形成だって短期間で行うことも可能なのではないか。

考えるポイントはいくつかある気がする。例えば、逃げの姿勢。うまくいかなかったときのためにリスクを分散させておこう、という思惑が強ければ、ちょっと厳しそうだ。参加している人たち全員が覚悟を決めていて、絶対に成功させるという情熱を持って突き進むのとは違う。松下幸之助も「情熱だけは誰にも負けてはなりません」と述べているけれど、心の持ちようはそのまま事業の決断へと繋がる。それは共同事業の弱点となりうる側面ではある。

アクセル全開で突き進む。というのは、たぶん事業理念とか実現したいことに対する盲信でもある。「これは絶対に良い」と、信じ切って動き続けること。このフェーズでは、批判や意見は全部無視。なんてことも、けっこう見聞きする。幕末の天誅組なんていうのは、思いが先鋭化してやりすぎた例。天に変わって処罰するとか言って、反対勢力を暗殺する行為が良いとは思えない。それでも彼らは「これこそが正義」と思っていただろう。やり方の良し悪しはさておき、こういうエネルギーが必要なタイミングがあるのだろう。で、それを実行するには、強い意志の統率が必要。意志を束ねるには、別の思惑を持った組織と連合するよりも、単独組織のほうがやりやすい。

こうして整理してみると、ふたつのポイントが浮かび上がってくる。集団としての強い意志、それからタイミング。逆に言えば、これらがクリアになれば、共同事業が必ずしも失敗につながるとは言えないのではないかと思う。

ビジネスで言えば、ビジョンとかパーパスというのが意志を表現したものだ。これを最優先することに、どの程度コミットできるか、というのが、おそらくは大切なのだ。ビジョンを実現するために、誠実に真剣に考え抜いた結果、自社にとっては不利益になることもありうる。それでも、良いと考えてしまうほどの覚悟。結局明治政府は、本来の母体であったはずの藩を解体し、特権階級である武士から特権を奪ってしまった。

共同事業が軌道に乗ったら、そちらが独立していく。その担当者が元々所属していた企業を解散に追い込むというストーリーで考えると、とんでもない裏切り行為。一方で、新しい技術によってもたらされた新しいビジネスモデルにあわせて、旧来の産業構造を刷新したというストーリーで解釈することも出来る。再構築するときに、溢れた人員がいるのはいたしかたない。そうはいっても、リストラに際して職業を失った人たちにも職業斡旋などのケアはしていく。明治維新を現代ビジネスに置き換えると、いろんな解釈が成り立ちそうで興味深い。

アクセル全開で突き進むタイミングでは、それが共同事業である必要はない。単独企業が突っ込んでいく。そして、その突っ込んでいった企業に対して、またはそのビジョンに対して賛同した企業が加わっていく。という2段階のステップを踏むこともある。というか、たくさんある気がする。

ただ、投稿者が言うように、コンセンサスコストが高い場合、別の企業が合流したところで事業が加速できないということはあるのだろう。むしろ、単独のほうが動きが良かったという状態だ。そうならないためには、合流するタイミングがポイントになりそうだと思っている。強力な意志統率が必要ない、というくらいに事業が進んでいるタイミングで手を組むなら、まさしくリスク分散の意味でも機能するかもしれない。

新技術や新しいシステムへの挑戦が、歴史上「単独突破」でしか成功しないのならば、ぼくらはしっかりと「そうではない流れ」をちゃんと考え続けなくちゃいけないと思う。簡単に言ってしまえば、一発勝負で勝てば大当たり、という状況は、一発勝負でリスクを負える人にしかチャンスが無いということでもある。それは真理ではあるかもしれないけれど、一方で、素晴らしい知恵や経験や伝統を保持している人たちが、必ずしもリスクテイカーとは限らないのだ。そういう人たちと協働してイノベーションを起こしていく社会システムを目指していくことも重要だと思う。

今日も読んでいただきありがとうございます。過去のインターネットの黎明期の事例だけを参照して「共同事業は失敗する」と単純化するとおかしなことになると思うんだよ。たぶん、投稿者はそんなつもりで言っていないと思うんだ。重要なのは、合意形成が足を引っ張ることが多いよという警鐘だと受け取るのが良いんじゃないかな。ビジネスセミナーとかで「熱狂」というと胡散臭く感じることもあるかもしれないけれど、「強い意志統合」を煽り気味に表現した言葉なんだろうな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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