その存在価値が、機能から他に移りゆくもの。 2023年4月9日

しばらくの間、掛川城天守閣は閉館していたのだけれど、今月になって営業を再開した。大河ドラマ「どうする家康」の放送に合わせて、少しばかり古びた外壁の塗装を直していたのだ。なにしろ、漆喰というやつは時間が経てば黒ずんでくるし、劣化してしまう。元々、定期的に塗り直すことを前提とした塗装なのだから、この機会に修繕しようというのだ。

大河ドラマで描かれる時代には、掛川には天守閣はなかった。というか、日本のどこにも天守閣は無かった。天守閣が城に設置されるようになるのは、主に安土城が築城されてからのことだ。とは言え、ドラマで取り上げられれば、歴史好きの観光客が掛川を訪れることになるだろうから、それまでに身だしなみを整えておこうというだけのことである。

天守閣に隣接する掛川城御殿は、城郭に付属している御殿建築としてはとても珍しいもので、全国に数件しかないらしい。国の指定文化財にもなっている。

さて、この御殿を訪れると江戸時代に政務を執り行った屋敷とその風情を味わうことが出来る。数は少ないものの甲冑なども展示されている。

こうした展示や建物を見ると、かつてはどの様に使われていたのかを想像してみて、歴史の一部に自分の体を没入させる楽しみを覚える。歴史好きが史跡を訪れるのと、アニメや映画の舞台を訪れるのとでは、何も違いはない。楽しみ方としては同じだと思う。

少しだけ違うことがあるとすれば、実際に生活の中で使われていたということだ。映画やアニメでは、撮影に使われたとか描かれたと言うだけのことであって、建物や道具を生活用品として使用した実績はない。歴史は現実だから、それが実際に使われていたことの力強さがあるように思える。

それと同時に、「使われなくなった」「無用の長物」という哀愁があるようにも感じるのである。

各地の歴史資料館には、古い時代の甲冑や刀剣が展示されていることがある。それらは、実用品としての役割を終えて、ただただ「飾られること」「鑑賞されること」にのみ命脈を保っているに過ぎない。現代において、甲冑には用がない。たとえ戦いが起きたとしてもだ。当然ながら、刀剣などを持ち歩くなどということは、居合抜きの一例を除けば使われていない。そんな物騒なものを持ち歩かれても困るのだ。

例えば、ストラディバリウスのような素晴らしいとされているバイオリンがある。今は、たしかに現役であるが、いずれは博物館に展示される時代が来るかもしれない。どんなに丁寧に扱ったとしても、使用している以上は必ず劣化する。現代では、名だたるバイオリニストがリサイタルなどで使用していることが多いと思っているのだけれど、人気のある演奏家ほど世界中で演奏することがあるだろう。であれば、その都度木材は大きな環境変化にさらされることになる。劣化しないほうがおかしい。それはそれで、味わい深い美しさだと、個人的には思っている。

いずれにしても、博物館に展示されているものの多くは、今は使われなくなった道具である。その存在価値は、機能性ではない別のものに置き換えられたと言えるだろう。

そんなことをぼんやりと考えていると、もしかしたら今は実用品であるものも、いずれは展示品になることがあるかもしれないと思えてくる。例えば、毎日ぼくが使っているような包丁。どんな道具に置き換わるのかは想像することも難しいけれど、テクノロジーの進歩によって、包丁が無用のものになるかもしれない。「昔の人は、こんな道具を使って食材を切り分けていたんだね」と、ガラスケースの向こうから声を聞くことになるかもしれないし、社会科の資料集に掲載されることになるかもしれない。ぼくらが、磨製石器を眺めているかのように。

そうだとすると、道具という形は残るけれど、現在使われている技術は残らないだろう。日本という国には、他の国に比べて、包丁の種類がとても多い。それぞれの包丁にはそれぞれの用途と、それに見合った使用方法や技術がセットになっている。資料として、なにかしらの文献などに残るかもしれないけれど、使われなくなった道具に付随する技術は、当然それを駆使することもなくなる。そう思うと、ぼくらが見る様々な展示品には、僕らの知らない使い方や技術があったのかもしれない。

今日も読んでくれてありがとうございます。掛川城御殿に展示されている甲冑は結構ボロボロなんだよね。俳優の杉良太郎さんが寄贈してくださったものらしいのだけど、きっと実際に使われていた「道具」だったんだろうね。包丁はさ、本当に現場で使われていたものは展示されないかもしれない。だって、使っているうちに砥いだりしてすり減ってしまって、制作されたときの美しさは失われていくんだから。となると、資料としてはほとんど使用されていない包丁が展示されるんだろうか。もしくは、有名人が所有していたとかかな。

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