今日のエッセイ-たろう

価値は揺れる。ー“おかげさま”が整えてくれる日々。 2025年9月1日

「たべものラジオ」というポッドキャストを始めてから、もう4年になる。最初の頃のようにコンスタントに配信できていないのが心苦しいのだけれど、それでもボチボチ続けられているのは、やっぱり聞いてくれる人がいるからだ。

「皆さんのおかげです。ありがとうございます。」
と言うと、ありきたりのセリフに聞こえるだろうか。でも、これは本音だ。もし、聞いてくれる人がいなかったら、続けていないだろう。別に、“有名になりたい”とか“認められたい”と思って始めたわけじゃないんだけど、誰にも聞かれないというのはちょっと寂しいかもしれない。逆に、少しばかり疲れているときでも、「聞いてくれる人がいる」「待ってくれている人がいる」と思うと、頑張ろうと思えるものだ。

「おかげ」の2つの意味

「お客様のおかげです。」というのは、ビジネスシーンでもよく聞くセリフだけど、これには、2つの意味があると思っている。

ひとつは金銭的な意味がある。ビジネスは、商品を買ってくれる人がいるからこそ、商売が可能なのだ。その意味で、間違いなく“お客様のおかげ”である。そして、もう一つは“求められる”という意味だ。金銭的な報酬がなくても、“誰かに求められている”という感覚があれば、続けようというモチベーションに繋がる。ちょっと照れくさい表現だけど“心の報酬”とでも言えば良いのだろうか。

どうも、世の中は2つの“おかげさま”で動いているような気がするのだ。

「おかげさま」のバランス

売上があるということは、有形無形の商品が誰かに求められているからだ。その対価として金銭的報酬を得る。逆に言えば、「報酬を得られない=求められていない」ということになってしまう。だけど、実はそれは真ではなくて、「求められているけど、金銭的報酬がない」という組み合わせは成立する。家事なんかは、その典型例かもしれない。

求められているけれど金銭的報酬に繋がらない。となると、その活動は誰が支えるのか。とても幸福なことに、たべものラジオは数十人のサポーターがいてくれて、おかげで書籍を購入したり、配信設備を整えることが出来ている。金銭的支援がなければ、やっぱり番組を続けることは難しかったかもしれない。

飲食店とポッドキャストを並べて比較すると、飲食店の方がより実利を得られるモデルで、ポッドキャストは心の報酬のほうが比重が大きい。つまりは、バランスの違いなのだろう。

商品の価値ってなんだろう?

じゃあ、たべものラジオを商品化することが出来るかと言うと、ここはなかなか考えどころだ。たぶん、“お金を払ってまで聞きたいとは思わない”という人もいるだろう。これは、コンテンツそのものの魅力の問題だろうけど。
あとは、商品として購入する仕組が無いっていうこともある。

例えば、講演会とかで出演オファーを考えている人がいたとする。ぼくなんかは、普段から講演活動をしているわけじゃないから、自分が講師としてどれほどの価値があるかなんて、さっぱりわからない。だから、“講師料は◯◯円〜”なんて書けないという感覚がある。けど、それだと頼む人が迷ってしまうんだ。飲食店のメニューみたいに、「ちゃんと価格を提示して欲しい」というわけだ。確かに、寿司屋の“時価”という看板は、注文を躊躇させるオーラを纏っている。というのとはちょっと違うか。

「後から自由に価格を決めて良い」という水族館がある。平日だけの施策で、土日は入場料が固定されている。これが、実に興味深い。その仕組を“楽しい”という人もいれば、“行きづらい”という人もいるのだ。行きづらいという人は、「安いほうがありがたいけど、あんまり安すぎても申し訳ない。じゃあどのくらいが妥当かというと…それがわからない」というのが理由だそうだ。確かに比較対象が欲しいという気持ちもわかる気がする。

ホントは、個人の感覚で「コレくらいの価値だろう」って判断すれば良いはず。ある人にとっては100円の価値しか感じられないけど、別の人にとっては5000円の価値に感じられるかもしれない。それで良いはずなんだけど、これが苦手な人、多いだろうなぁ。正直、ぼくもその気持ちはよく分かる。

世の中の“価値”っていうのは、本当に不思議でおもしろい。例えば、一流シェフが自ら作ったパスタが1000円で食べられるとしても、レストランならば安く感じるし、スーパーの惣菜コーナーに並べば高く感じてしまう。同じ1000円でも、“場所や文脈”が違うだけで高くも安くも感じる。不思議だけど、価値なんてそんなふうに揺れるものなんだ。
ちなみに、食文化の歴史を紐解いていくときには、この感覚で社会全体を見るように気をつけている。

今日も読んでいただきありがとうございます。

多くの人に知ってもらいたい情報があって、ぼくはそれが世の中に価値のあるものだと思っているんだ。だから、なるべく多くの人に届けたい。聞いてくれている人、サポーターとして支援してくれている人。皆さんのおかげでそれが出来ています。本当にありがとうございます。まだまだ取り上げたいテーマはたくさんあるので、これからもよろしくお願いします。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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