今日のエッセイ-たろう

日本のインフラって凄い。 2025年6月24日

日本の流通インフラって凄いと感じる。現代の調理技法の全てとは言わないけれど、けっこう多くの部分がインフラのおかげと言っても良いのじゃないかと思った。

ちょっと前に、少しばかり質の落ちる魚を入手してしまって、さてどうしたもんかと考えていたのだ。別に悪いと言うほどでもないし、それなりに良いところだってある。旨味はそこそこあって脂が乗っているトラウト。決して悪くはないけれど、残念ながら独特の匂いが鼻につくのと、身がゆるいのが難点。たぶん、うちの店で提供することはないだろうな。食材選びの段階で選択肢から漏れる。

生で食べてみる。脂が乗っていて、その脂も臭くはない。脂を活かすのが良いかもしれないと思って、ちょっと炙ってみた。が、これはダメ。独特の臭みは、たぶん餌に由来するものだろうけど、かえって際立ってしまうし、なにより身がゆるいので塩焼きのようなものには向かないだろう。もしかしたらソテーやフライならいいかもしれない。ふわっと仕上がるし、植物性脂がうまく調和を作ってくれるかもしれない。ただ、今回はパス。和食の範疇で、なるべく手間がかからないような調理で持ち味を引き出すのがミッションなのだ。

さて、加熱が候補から外れると、生食ということになる。つまりは刺身だ。だけど、刺身というのは素材そのものの味が全面に出るので、良い部分も悪い部分も存分に発揮することになる。そこで、調味技術でバランスを整えていくことになる。

まずは醤油だ。たまり醤油は醤油が勝ちすぎる。じゃあ、スシなどに使う煮切り醤油ならどうだ。今度は醤油が負ける。ここは素直に濃口醤油がいい。醤油の香りと酸味がいい感じに調和する。やっぱり濃口醤油っていうのは大発明だったんだなと実感。

まだ少しばかり安っぽい味がする。それに、口の中がねっとりと脂がまとわりつく感じがして不快感が残る。となると、やっぱり酸味が欲しくなる。試しに酢をつけてみると、これはいい感じ。ということで即席の酢味噌を作って合わせてみると、これが一番バランスが良い。トラウトの味はちゃんと感じられるし、脂のしつこさは酢味噌が優しく抑え続ける。醤油と比べると、口の中に酢味噌が居座る感じになっていて、マスキング効果が長く続くのだ。

とはいえ、色々と試食を繰り返しているうちに、口の中がクドく感じられてきた。こういうときは、漬物の出番である。香の物と呼ばれた通り、さっぱりさせるにことに関して歴史に裏打ちされた実力者のご登場だ。たまたまらっきょう漬けがあったので、それを一口かじる。で、もしやと思って、何もつけずにトラウトの切り身を口に放り込む。これがなんともいい感じの相性だ。塩味が足りないのは醤油か味噌で補強するとして、らっきょうの香りがトラウトの臭みをマスキングしつつ持ち味を引き立てる。らっきょうをスライスかみじん切りにしてトッピングに使うのもありかもしれない。エシャロットでも良さそうだ。

いっそのこと、らっきょうの漬け汁で味付けしたらどうだろう。これも悪くない。できればらっきょうもあったほうが良いけれど、漬け汁にもらっきょうの風味が残っているし、鷹の爪がいい仕事をする。と、ここまでくれば答えは出たようなものだ。酢味噌とらっきょうをベースにしたタレで刺身を提供する。この方向で何度か微調整をすれば良いだろう。

らっきょうの漬け汁がイケるなら、トマトの南蛮漬けの漬け汁も良さそうだ。これはおいしいが、ほとんどカルパッチョ。そりゃそうだ。トマトとタマネギと胡椒の風味が効いているのだから。同じ漬け込みならば、甘酢で膾にするというのもいい。これはもう、刺身の原型である。間違いないはずだ。

漬け込むといえば、魚の手仕事にはヅケというものがある。江戸前寿司なら定番で、醤油をつけて食べるという文化が定着する前の寿司職人なら絶対に行った仕事である。刺身に切ってから5分ほどつけダレに浸け置く。これはもうかなり完成された味だ。あとは、薬味などを添えればいいし、もちろん鮨として握っても良い。

とまぁ、こんなやり取りをしながら試作と試食を繰り返したわけだ。気づいた人がいるかも知れないけれど、酢味噌も膾もヅケも、現代ではマイナーとなってしまったが歴史のある調理技法だ。流通事情が良くなかった時代の技術だからこそ、今回のように質の落ちる魚を調味する時に大活躍したのだろう。逆に言えば、生の切り身に醤油をつけるだけ、という現代の調味技術では魚を活かしきれない。ということだ。

現代の刺身は、いろいろと下ごしらえはするものの、基本的に醤油をつけて食べるだけという手軽さである。これは、ひとえに魚の質が高いからに他ならない。漁師さんが獲った魚があって、それを上手にしめて鮮度が落ちないうちに届けてくれる。劣化しないように冷蔵庫などの保存技術があって、これらが揃っているからシンプルな刺身を楽しむことが出来るというわけだ。以前書いたことがあるけれど、料理というのは料理人だけが作るものでもなければ、漁師だけのおかげでもない。獲ってから口に入るまでに何人もの人がプロフェッショナルの仕事をしているからこそ、おいしく食べられるのだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。昨今の米騒動もそうだけど、流通インフラを甘く見ちゃいけないんだよね。今、ぼくらが受けている恩恵だって、もちろんあるわけ。そりゃ、流通上のどこかに不具合はあるかもしれないけれど、少しずつ改善をしていけば良いというだけのこと。インフラって凄いなぁ、と思うと同時に、先人たちの食への探究心は頭が下がる。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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