今日のエッセイ-たろう

とりあえず食べていける」という強さ。—ぼくらは、何を土台に生きているのだろう。

「大して儲かるわけじゃないけど、国がどうなってもとりあえず生きてはいける、と思ってるよ」
以前、知人の農家さんからこぼれた言葉。

普段は、何かしらの農作物を作って、それを売ってお金に変えて農業を営んでいる。お金を使って人を雇ったり、電気代を払ったり、生活物資を購入したりして生活しているわけだ。もし、気候の影響で農作物が減ってしまえば収入は減るし、農作物の価格が安くなれば収入が減る。

その状況になった時、一番困るのは農家ではないかもしれない。
農家の収入が少なくなると、耕作機械を動かす燃料や肥料を買えなくなってしまう。もちろん、電気も衣服も手に入らなくなってしまう。だけど、自活することくらいはできる。極端なことを言えば、市場経済から断絶したとしても、農家は食料を手に入れられるのだ。
一方、ほとんどの日本人は困ってしまう。どんなにお金があっても、素晴らしい頭脳を持っていても、食料が届かなければ飢えてしまう。その恐怖は社会を混乱させるだろう。

ぼくらは、「お金がない」と「食べていけない」と直結して考えている。実際、ほとんどの人はお金を払って食料を手に入れるのだから当然だろう。
だけど、本当は少し違うのだ。お金がなくても畑や田んぼがあれば食べていくことはできる。つまり、「お金がない」と「食べ物がない」は、深く深く結びついているのだけど、本質的には別の話なのだ。

戦後の食糧難は社会構造が生み出した?

太平洋戦争が終わる頃、多くの人々がリヤカーを引いて田舎へと出かけていった。家にある着物や家財道具などを持っていき、それらと引き換えに米を分けてもらうのだ。芋といくらかの葉っぱが浮いた薄い粥。それが日常だった。豪勢な反物など、食料不足の世の中では価値が激減する。

戦中戦後を知る世代には、さつまいもやかぼちゃを嫌う人がいる。苦しい時代にそればかり食べてきたからだ。もう、一生分食べた。そう言う人に、何度も出会ってきた。
特に戦後は、食糧難が加速した。戦地から戻った兵士、満州から引き上げてきた人々によって、短期間に人口が増えたのだ。でも、米はない。戦時中に労働力や肥料が不足したことで、農村の米生産量は減っていたのである。終戦翌年には、気候が悪かったこともあって深刻な飢饉を迎えることになった。

深刻な飢饉といえば、江戸の三大飢饉(享保、天明、天保)が有名だ。飢饉の主な理由は冷夏や長雨、干ばつ、噴火、ウンカの大量発生など、自然災害である。社会整備が進めばいくらかは被害を減少させられただろうけれど、本質的な原因は自然環境によるものだ。
戦後の飢饉は、天候不順も要因のひとつではあったけれど、主な理由は戦争。つまり、「社会」が原因の多くを占めるようになったのである。

食糧難のあと、何が起こったのか。

戦争が起きると、戦争特需が発生する。第一次世界大戦のときには、アメリカは経済的に大躍進したし、日本経済も一時的に上向きになった。物資の足りないマーケットへ物を販売することが出来るからだ。第二次世界大戦のときも、アメリカはうまく自国経済へとつなぐことが出来た。

戦後日本の深刻な食糧難は、強烈に食料を欲するマーケットだった。多少品質が悪くても、値段が高くても、どんどん売れていく。砂漠の放浪者に水を売るようなものである。最初はGHQの物資解放や、アメリカ本土からのララ物資などが無償で提供された。ガリオア資金の多くは、食料の購入に充てられた。
日本国民は大いに感謝しただろう。事実、多くの命が救われたはずだ。

一方で、アメリカは「アメリカ産農産物の市場」として日本を育てようとした。大量に生産される小麦の販売先を探していたからだ。キッチンカーなどを活用して、アメリカ料理と小麦食文化を教育し、給食は長らく米を提供できなくなった。「1日に1食はパンを食べよう。1日に1食は洋食を食べよう」という「栄養カイゼン運動」が展開されたのだ。
現代人は「米ばかり食べると脳の働きが悪くなる」と言われても信じないし笑い飛ばすだろう。だけど、慶応義塾大学の教授が発表した『頭脳、才能を引き出す処方箋』という書物に記されていて、それがベストセラーとなったことで多くの人が信じてしまった。

ショック・ドクトリン

ショック・ドクトリンという言葉を聞いたことがあるだろうか。2007年にナオミ・クラインが著した書籍の名前だ。日本語では「惨事便乗型資本主義」と訳されるのだけど、彼女はこれを批判した。

ショック・ドクトリンを簡単にまとめるとこんな感じだろうか。
大きな事件や災害が発生する。例えば、戦争やテロ、大規模災害である。すると、人々は大きな心理的ショックを受けることになる。「早く日常を取り戻したい」という気持ちが強くなる。本来だったら慎重に議論されるはずの法案や制度が、ほとんど無批判で受け入れられてしまう。

ショック・ドクトリンという概念をはじめて知った時、ぼくは戦後の食料政策を思い出した。正しく該当するかどうかは知らないけれど、直感的にそう思ったのだ。

なにかと陰謀めいた話に聞こえるけど、そうとばかりは言えない。そこに市場があるということは、求める人がいるということだ。食料を求めている人がいて、その人達に食料を売るということは互いに嬉しいことのはずだ。だから「これを妨害するのは、既得権益にしがみつく人達なのだ。」という論理になる。
だから、これは正義だ、と。

変革が起きた後の社会はどうなるだろう。

昨年、日本ではコメ不足が起きた。米の価格がとても高くなったのは誰もが知るところだ。それまで米の売買に関わっていなかった商社までもが米を買い求め、それを販売することで利益を得ようとした。ここまではニュースで報道されている通りだ。その先を想像してみよう。こうした事もありえる、という話だ。

利益を見込んだ企業は、翌年の利益を見込んで農家と専売契約を結んだ。大量の買付が入ったので、それに対応するために農家は農業機械を購入。ところが、翌年は米が豊作になり価格が下がりそうである。そこで、商社は違約金を払ってでも契約を解除する。売り先を失った農家はどうなるだろう。

米が潤沢になると、市場価格は下がる。消費者は嬉しいけれど、米農家はたまったものではない。売り上げが立たず、機械の支払いのために四苦八苦することになるだろう。もしかしたら、借金返済のために資産を切り売りするかもしれない。もっと儲かる野菜に切り替えるかもしれない。そもそも、農業をやめてしまうかもしれない。

いったい誰が得をしたのだろう。

安定供給という観点から見れば、減反政策には一定の合理性がある。多少は米の価格が高くなるかもしれないが、農家が持続可能になり、結果として安定した米供給が成立するからだ。米の価格が下落したことによって農家が減ってしまえば、最終的に充分な米が消費者に届かなくなることもありうるからだ。

それでも、海外から食料を買い付けるだけの余力があればまだ良い。だけど、今の日本経済にその余裕はあるだろうか。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる話である。

恐ろしいことに「こうすれば利益を独り占めできるぜ、へっへっへ」と悪知恵を働かせたわけじゃないのに、こうなってしまうのだ。いや、そういう人がいるのかもしれないけど、それはぼくには分からない。
ただ、企業として当たり前の経済活動に精を出していただけ、というのが実態に近いだろうと思う。

どんな企業も人が働いている。その人には家族もいる。みんなご飯を食べて生きている。そのご飯が手に入りにくくなるかもしれない。その原因のひとつに自分が関わっていたかもしれない。と思うと、なかなか肝の冷える話である。

備えあれば

自由経済が良いのか。それとも、ある程度は政府の介入が必要なのか。どうも話がデカくなってよくわからなくなってしまう。それこそ、イデオロギーの対立なんかもあるから、なかなか難しい話になるだろう。

そこで、ぼくは、前述の農家を見習うのが良いのじゃないかと思う。世界がどうなろうと、とりあえず飢える心配はない。そういう状況を作っておくことだ。別に、全員が農家になれというわけじゃない。地域単位で構わないから、小さな単位で食と経済が循環できる地盤を持っておくことが大切だろう。願わくば、日本という国全体で「とりあえず生きていける」というくらいの土台は作っておけたら良いと思うのだが。

さて、みなさんはどう思うだろうか。

今日も読んでいただきありがとうございます。

経済と食って、どっちもとても大切なんだけど、バランスが難しいと思うんだよね。最近、改めて二宮金次郎の報徳仕法を読み返す機会があったんだけどさ。なかなか考えさせられる内容だったな。
簡単に答えの出せる話ではないとは思うんだけど、それでもみんなで考えなくちゃいけないよね。他人事じゃないからさ。そのためには、いろいろ勉強しなくちゃいけないんだろうけど、みんな忙しいからね。そういう意味でもバランスが難しいかも。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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