今日のエッセイ-たろう

一物多価という世界観の可能性。 2023年3月19日

東南アジアや中央アジアに旅行された方は体験したことがあるかもしれない。一物一価など無縁の世界がそこには広がっている。上記のようなコストの概念が適用されている場合もあるが、多くはボッタクリ根性に見える。しかし、そこには「持てるものからは対価をもらい、持たざるものには恵みを」という思想も見え隠れする。日本人が観光で訪れる場合は、現地人のそれよりもずっと高く売りつけられることがある。それは、彼らよりも日本人の方がお金を持っているケースが多いからだという。

ぼくの友人でバックパッカーとして世界中を旅した男がいる。彼は、ギリギリの貧乏旅行をしており、現地でその旨を伝えると、観光価格ではなく現地価格で食料を譲ってもらったこともあるのだそうだ。国や人種というカテゴリではなく、貧富の格差によって対応を決めているということだろう。

経済的格差で対応を決める。というと、これもまた差別のように感じるかもしれない。しかし、彼らの社会通念では当たり前なのだろう。もしかしたら割合の概念があるのかもしれない。昨今のスマホは日本ではかなり高額な商品になっている。

初任給が25万円だとして、その50%に当たる商品は高額品だ。一方で、日本円に換算して40万円以上の月給をもらうアメリカ人にとって、アイフォンは月給の3分の1以下の価格である。持っている資産の総量によって、同じ価格でも負担の大きさは異なる。これを反映させたのが一物多価の世界なのかもしれない。

もうひとつ、別の視点から見てみよう。貨幣には、いくつかの役割があるが、そのうちの一つに価値の尺度がある。物の価値を計るモノサシとしての役割のことだ。良いものや貴重なものは高く、質が低くありふれているものが安いというのは、まさにこれである。

価値には、前述のように社会的な状態によって定まる価値がある。かつて王侯貴族しか手に入れられなかったヨーロッパの砂糖は、大量生産のおかげで手頃な価格になった。これは社会的な状態によって価値が変動したケースである。

一方で、個人の直感によって定まる価値も存在している。とある人にとっては、重要でかけがえのないもの。例えば、身内の形見などはわかりやすい。関係性の薄い他人にとっては安価な腕時計であっても、それが祖父が大切にしていたものであったりすれば、当人にとっては特別なものになるだろう。市場に流通している商品であっても、ミュージシャンにとっては高額を払う価値のある楽器でも、全く興味のない人にとってはもらっても価値がない。せいぜい転売して銭に替えるくらいのものにしかならないこともある。

これらを複合的に考えると、購買層のカテゴリによって一物多価は成立する可能性がある。特定の人にとって価値を感じられるもので、その人にとっての負担割合が高くない場合。これであれば、少し高めの設定であっても喜んで購入してもらえる可能性がある。もちろん、別の価格を隠してだましうちにするのではなく、しっかりと開示して理解してもらった上でのことにはなるだろう。

数年前にタイのバンコクを訪れたときのことだ。とある有名な寺院の入場ゲートは2つのルートに分けられていた。片方はタイ国籍の人、片方は外国人旅行客のためのものだ。当然ぼくらは外国人ゲートから入場するのだが、そこでは入場チケットを購入することになる。一方で、タイ人専用ゲートを通過した友人は無料である。お寺なので、参拝の為の入場を考えてのことかもしれないが、実際に一物多価は存在していて、しかもぼくらは違和感がなかったのだ。これには、とても考えさせられることがあった。この経験があるからこそ、一物多価の可能性について考えてみようと思ったのだ。

既に、情報の流通は民主化が進んでいる。かつては情報を発信することが出来る人は、限られた特定の人だった。情報を受け取るのも、ある特定の人だけのものだった。そもそも、文字情報を読むことが出来る人は、少なかったのだ。たしかに文字は読めるけれど、読んで解釈することが出来る人は少ない。しかし、動画サイトがブロードバンドのお陰で拡散したことで、文字情報以外に情報の取得が出来るようになったのである。

インターフェイスが多様化したことで、ますます一物一価の傾向は高まる可能性がある。世界商品や準世界商品が、これらの情報の流通によって増えるかもしれない。つまり、市場が一つになるかもしれないということだ。

だとすると、である。観光や旅などのように、特定の地域を訪れるという限られたマーケットがどのように扱われるのかが気になる。世界商品を扱うのがオープンマーケットならば、見方によっては地域観光はクローズドマーケットにも見えるからだ。そこには、別の価値観の設定と、経済の仕組みを構築することも出来るかもしれない。そういう意味で、個人的に一物多価の世界観に注目しているのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。どういう仕組が出来るのかな。情報かと一物多価。一見相反する仕組みに見えるのだけど、組み合わせることで生まれる価値やマーケットがあると思うんだよね。たべものラジオだけじゃないけど、純粋に支援したいって思う気持ちが支援金になることってあるよね。これはあくまでも気持ちだけどさ。気持ちが価格を決めることもあるはずなんだ。だからチップ文化もあるんだし。どうしたもんかなあ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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