「それよりこっちをやるべき」は常に正しいか。 2023年3月8日

「そんなことよりも、こっちをやった方がいい。」という話は、普段の生活の中でもよく聞かれる。ビジネスでも行政でも、それはどこにでもある話。つまりは、優先順位の話だ。何をするにしても、大抵の場合は優先順位がつけられる。その方が効率が良い場合が多いように見えるからだ。しかし、本当にそうだろうか。状況によっては、優先順位をあまり考えないほうが良いこともあるのではないだろうか。

さきに優先順位がつけられるケースを考えてみることにしよう。

まず、わかりやすいのは、Bのステップに進むためには、Aを完了させなければいけないという手順のあるもの。当たり前のことだけれど、ぶり大根を作るには先に大根を切り分ける必要がある。もし、購入したブリがまるごと一匹であれば、大根を切り分けるよりも前にブリをおろしたほうが効率的かもしれない。とにかく、鍋をひにかけるのが最初の手順ではないことは明確だ。料理みたいな「作る」という作業では、これが明確。ただ、困ったことにその他の仕事では、あまり明確になっていないことも多いらしい。だから、冒頭のセリフを聞くことがある。時に上司であったり、時に親の口から聞く。

状況によって、優先順位がつけられることもある。既に来店しているお客様が、注文した料理や飲み物を待っている。そんな時に、経理書類の整理を始めることはない。単語カードにして並べてみれば、会社の機能として「ものづくり」と「経理事務」は、どちらも並列に大切である。けれども、状況がこれに優先順位を発生させる。いまは、これをやるべし。

幼稚園に行くために着替えをしなければならない娘が、その必要のない妹の着替えの世話を始める。我が家ではよく見られる光景だ。人のことに手を出す前に、自分のことをしなさい。という妻の声が毎朝のように聞こえるのは、これにあたるのだろうか。

それから、ものごとの重要度によっても優先順位がつけられる。企業であれば、その会社の重点事業が優先されるだろう。あったらいいけど、なくても当面は困らない。という場合は、より重要度の高い作業が優先される。おそらく、このエッセイを書くよりも明日のお客様のための仕込みをするほうが重要度は高い。幸か不幸か明日のご予約はないので、その心配はない。

あとは、効率のはなしか。ステップの話に近いようだけれど、それとは別。同時進行させる作業の組み合わせによっては、効率が違う事がある。たとえば、何かを煮込んでいる間には別の仕込みを進めることが出来る。というような具合だろうか。エレベーターに乗ったら、まず閉じるボタンを押してから行先階を押すというせっかちな人は、効率が良いと信じているらしい。

他にもあるのかもしれないけれど、これ以上は思いつかない。熟考するのも面倒だから、このあたりにしよう。

改めて書き出してみると、これらのうちいくつかはリソースの量によって優先順位の付け方が変わるようにも見える。作業する人が余るほどにいる。資金が潤沢である。などの条件が揃えば、当たり前だけれど作業の優先順位は消滅することになる。というのは、状況や重要度で優先順位がつけられていた場合だ。そして、限定的かもしれないけれど、並行作業をしたほうが効率が良い場合もあるかもしれない。

さて、ここからが本題だ。これらのどれにも当てはまらずに、なおかつ優先順位をつけないほうが良いケースはあるのだろうか。ということを考えてみる。

いま、パッと思い浮かぶのは多様性を担保したい場合。新しい課題に取り組む場合、その課題を解決する術が確立していないことはよくある。そもそも、未来を完全に予測することなど出来ないので、そうなる。ある程度の方向性は見ることが出来るだろうけれど、その幅の中でありとあらゆる変動要素が未来を策定していくのだ。だから、ある程度広く実験が必要なことも多い。カードでも麻雀でも、待ち手は広いほうが役を作りやすいという。この例えが適切かどうかはわからないけれど、まぁそんなところだろう。

フードテックに目を向けてみると、社会全体で多様性を担保しようとしているように見える。代替タンパクの開発という分野でも、豆やジャックフルーツや海藻のような植物由来のもの、微生物による発酵技術を用いたもの、人工的に細胞を培養するもの、昆虫などの別の動物を資源化するもの、既存の食品廃棄物をリユースするもの、などがある。これらは、おそらく優先順位をつけるものではないのだろう。まだ、「選択と集中」をするフェーズにいないのだ。ありとあらゆる可能性を生み出すことが求められている。そのうえで、今から半世紀後や数世紀後までという時間の中で、徐々にニーズにマッチした偏りが自然に生まれてくる。そんなプロセス。

詳しくは調べていないのだけど、歴史のなかにある似たような事例はいくつも見られる。政治ばかりを見ていると気が付きにくいのだけれど、経済や産業を中心に見ていくと、けっこう一般的な流れのようだ。

もちろん、これには大きなリソースが必要だ。上記の例であれば、それぞれの企業が経済のロジックで別々に実行している。実行している人たちは、多様性の担保のためにとは思っていないかもしれない。ただ、そのおかげで、社会全体を見渡せば多くのリソースを投入していることになるのだろう。そういう構造。

こうしたことを前提にものごとを考えたとき、とある別の思考へと発展する。社会に展開されている事業のなかで、一部が弱い場合。そして、社会課題が割りと短期間で解決の糸口を見つけなければいけない場合。国政がその分野に介入するということもありそうだ。目的は前述の通り、多面展開。だとすると、昨今話題の昆虫食の開発に関する補助にも筋道が見えてくるようだ。今後の選択肢を増やしておきたい。という意図があるのならば、だが。

今日も読んでくれてありがとうございます。効率化と優先順位というのは、仕事をしているとセットで考えることが多いよね。だけど、多面展開が重要な局面だってあるってことなのかもしれない。それこそ、巨大なリソースを持っていて、しかも喫緊の課題に直面しているときなどは、それがベストチョイスってこともね。それだけ食の社会課題は表面化しているってことか。

記事をシェア
ご感想お待ちしております!

ほかの記事

日本料理らしいと感じるポイントって何だろう。 2024年7月27日

お気に入り登録 たべものラジオをやっていて、良かったと思えることはいくつかある。それまでの生活では出会うことのなかった人との関わりは、人生を変えたと言っていいだろうな。発想も広がった。今、新たな企画をしているところなのだけれど、それもまた以前のぼくならば思い至らなかった内容だと思うんだ。...

土用の丑の日っていのは、ぷち贅沢の言い訳だったかもしれねぇよ。 2024年7月26日

お気に入り登録 30年ぶりの復刻メニュー。7月24日は土用の丑の日ということで、かつての人気メニュー「うなぎおろし」という定食を一日限りで復刻したのである。ふだん、あまり土用の丑の日だからってうなぎを大々的にアピールすることはなかったのだけど、結構盛り上がったし、ぼくらも楽しかったので良いのだ。...

妄想世界膝栗毛。のすゝめ。 2024年7月21日

お気に入り登録 いま住んでいるところをもっと快適でより良いものにする。ことの大小はあるけれど、誰でも考えたことがあるだろう。パソコンはこっちに置いたほうが良いかな。テレビの角度はどうだろう。水回りはキレイな方が気持ちがいいよね。といった具合に日常的なこともある。...

「飴食うか?」近代的コミュニケーションの知恵。 2024年7月20日

お気に入り登録 妻のバッグの中にはいつも飴が入っている。出先で子どもたちが「お腹が減った」と言い出したときに取り出すのも飴だし、ちょっとぐずったときにも飴が登場する。バッグの中で大きなスペースを専有することもないし、子どもたちも割と納得してくれるので便利なのだそうだ。...