今日のエッセイ-たろう

「ぼくのもの」と「シェアの精神」の歴史再現 2023年1月26日

4歳の娘と1歳の娘が、おもちゃの取り合いをする。子供同士のこうしたやり取りは、きっと世界中のあちこちで見られる風景なんだろうな。おもちゃだけじゃなくて、母を独占しようとするのも同じ。大人の目線では、もう少し優しくできないもんだろうかと思ってしまう。特に、お姉ちゃんはそう言われる。年齢差があるからね。少しくらい貸してあげたら良いのにって。

我慢ということを覚えるのは、たぶんもう少しあと。純粋に優しさからくる我慢。というのとは別に、もっと利己的な判断による我慢や譲り合いも生まれてくるだろう。語弊はあるのだけれど、その方が効率が良いという感触も無ではない。譲り合うほうが、結果的に自分の順番も回ってくるし、その空間時間をお互いに快適に過ごすことができる。

こういう話になると、少しばかり抵抗感がある人もいるだろう。理想的には、もっと純粋に優しさや思いやりで社会が回っていると。ぼくもそう思う。ただ、一方では利己的というか、打算的に環境を良くするために立ち回っている部分も感じる。実際にそういうシーンも少なくないからだ。

血縁淘汰という考えがある。ちゃんと勉強したわけではないので、なんとなくこんな感じかなという程度にしっているだけなのだが。遺伝子の視点でものごとを考えると、遺伝子は自分のコピーを残したい。親は半分の割合で自分の遺伝子を子供に伝えている。だから、自らの子供を生かすことは遺伝子を残すことになる。

これを前提にすると、兄弟は他人の始まりとも言える。もちろん、共通の遺伝子を持っている仲間ではある。けれども、全く違う遺伝子を持っている存在でもある。このあたりの感覚がちょっとややこしい。例えば、ぼくと弟は遺伝子が似ている。似ているだけで、ぼくの遺伝子を起点として考えると、別物の存在。ぼくの遺伝子を受け継いでいるのは、兄弟ではなく子供だけということになる。遺伝子視点で見ると、その視点は常に移り変わる。

幼い子供は、まだ自分だけの力で生きていくことが出来ない。親の庇護によって生活基盤を与えられている存在だ。だから、その庇護をなるべく自分に向けさせたい。母乳を分け合うよりも、少しでも多く独占したい。兄弟の存在は生存競争におけるライバルである。というのが血縁淘汰の考え方の中にある。

ということをリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」から読み取ったのだけれど、どうなんだろうな。浅い理解でしか話ができない。

ともあれ、そのような仕組みが駆動しているのであれば、ある程度兄弟喧嘩が起こっても仕方がないのかもしれない。人間社会は遺伝子だけでそれが決定しているわけではないから、全ての原因をそこに求めるのは違う気がするのだけれど。影響はあるのだろう。むしろ、その前提を受け取った上で、どのような環境を構築するのが良いかを考えるのがぼくたち人間。で、親というのは家族という小さな社会コミュニティの設計と運営を任される存在だ。

兄弟仲良く、家族仲良く。純粋な優しさや思いやりと、コミュニティ全体を効率化するドライな視点の両面をもって運営することになるのだろう。

ある時、不意にこんな言葉が口から飛び出した。「おもちゃを取り合って喧嘩をするなら、おもちゃは全部父ちゃんの者にするよ。使いたいときに父ちゃんが貸してあげる。」自分でも思いもよらない言葉だった。

子どもたちの様子を見ていると、おもちゃの所有者が誰であるかが大切なようだ。仮に自分がいま使っていないおもちゃであっても、妹がそのおもちゃで遊んでいるのは気に食わない。だって、それは私のものだから。使わせたくないという気持ちすらあるらしい。

ふむ。確かに。これは、大人でも同じだ。家族や友人など、親しいコミュニティの中であれば問題ないかもしれないけれど、他人が勝手に自分の道具を使っているのは決して気持ちのよいものではない。たまたま、今この瞬間は自転車に乗っていないのだから、その間だけ誰かが自転車を使っても問題ないはずだ。壊したり汚したり無くしてしまったりしなければ、問題ない。にも関わらず、いやだという気持ちがある。全く知らない人であれば、窃盗ということにもなる。

結局、所有という概念は排他的にならざるをえない。所有者と共有者が個人からコミュニティへと広がりを見せているに過ぎないのだろう。

と、そこで所有者をひとつレイヤーが上の階層に引き上げてしまう。全てのおもちゃは親のものである。と勝手に決めてしまう。合議的か強制的かはさておき、そういうことにしてしまう。そうすれば、姉妹で所有権争いが起きにくくなる。ただ、これは所有者にどれだけ近い存在になれるかという競争の火種になるはずだ。

これ、面白いことに歴史上に存在していたことなんだよね。公地公民というのは、そういうことなのかもしれない。良し悪しはさておき、すべての所有者を天皇にすることで土地の争いを防ごうとした。その代わり、朝廷というコミュニティの中で、より天皇に近い者の発言力が強まり、そのポジションを争うようになった。そういう見方もできるかもしれない。

今日も読んでくれてありがとうございます。おもちゃの所有権については、元通り。親のものにはしていないよ。効率的に見えても、弊害があると感じたからね。二人が話し合って、その結果能動的にそうして、ルールとか運用をちゃんと決めたらやるかもしれない。

ただただ、歴史上にあったことがめちゃくちゃ身近に発生したのが面白かったのだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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