「強い作物」と「使いやすい作物」と「保存性」。食糧生産の多様性を考えてみる。 2023年11月9日

ちかごろ、すっかり気候が暖かくなったせいで、どうやら秋のジャガイモの生育が悪いらしい。というのは、たぶん近隣の話。全国的にどうなのかは知らないけれど、そうらしい。発芽から生育までの気温が高すぎるって言っていた。原産地がアンデス山脈だもの、暑いのが苦手なんだろうなと勝手に思っている。

なるべく手をかけずに育つ作物。というのは、人類にとってありがたい存在だ。過去の配信で取り上げた作物で言えば、ジャガイモやソバが該当する。とにかく力強く育つし、品質の善し悪しを問わなければ素人が手を出してもちゃんと形になる。ゴマだって、結構強い。

じゃあ、一体何が一番強いのだろうと考えてみたところ、ひとつ思いついた。葛だ。だいたいどんな環境でもぐんぐん育つ。除草剤に打ち勝てるくらいだから、ちょっとやそっとの農薬でも負けることはないだろう。一度、タイのバンコクで大きく成長した葛を見たが、それはもはや樹木と呼んでも差し支えない姿をしていた。

その根っこは、葛粉として良質のデンプンになる。ということは、主食級にもなりうるし、発酵させれば酒を作ることだって可能だろう。葛切りや葛餅、葛湯などの菓子にもなれば、料理においてはとろみ付けに使われる。胡麻豆腐は、ゴマと葛粉がなければ始まらない。春の若葉はお浸しにしたり和物や煮物、天ぷらとしても食べられる。つぼみや花も、天ぷらにしたり和物にしたりと使い道は多様だ。ただ、花の中にアリが群がるので除去するのが手間だというのが難点である。

健康に良いことは、おそらく多くの日本人にとって常識と言えるほどに認知されているはずだ。有名な「葛根湯」は、その名の通り葛の根っこの皮を向いて乾燥させたものだ。風邪の初期症状には葛根湯のお世話になった人は多いだろう。最近知ったのだけれど、葛の花も生薬になっている。

掛川市の特産品としても知られるのが葛布。葛の茎から取れる丈夫な繊維で編まれた布だ。「くずふ」と読むことが多いようだけれど、掛川では「かっぷ」と読む。布という字の音読みは「ふ」なのだから、葛も音読みにあわせると「かつ」になる。葛の根っこを「カッコン」と呼ぶように、葛の布は「カップ」である。かつては、衣服や襖紙や壁紙など幅広く使われていた。今でも、宮中行事では掛川産の葛布が納められている。

さて、強くて利用方法も多い葛だけれど、世界的に見れば「侵略的外来種ワースト100」にランクインしている。強すぎるのだ。かつては、その利用価値の高さもあって、田畑の周辺に育つ葛の蔓は定期的に刈り取られていた。しかし、現代では利用されることが少なくなって、とにかく強すぎる邪魔者になってしまっている。数少ない日本原産の食用植物も、人間に有効に使われなければ有害な植物ということになってしまう。

強すぎるのは迷惑なのかもしれないけれど、逆に弱くても困る。というのが、人類と農業の大きな課題だった。ずっと長い間、この課題に取り組んできたのだろう。困ったことに、多くの作物は「育ちやすいものは、収穫後の手間がかかる」「収穫後の手間がかからないものは、育てるのが難しい」という傾向があるようだ。葛は強烈だけれど、ソバも収穫した後が面倒だし、ゴマも同様だ。よくよく考えれば、米も麦も結構手間がかかる。

米も麦も、野生種がやっと栽培種へと進化した頃は、他の植物に比べて強くて栽培に手のかからない作物だったのだろう。しかも、収穫量が多いし、保存も可能。だから、収穫後の手間をかけても良いと判断した。手間のかからなさで言えば、栽培化された後のジャガイモやサツマイモもありがたい存在だ。手間もかからない上に、収穫後には加熱するだけで簡単に食べることが出来る。米や麦に比べれば圧倒的に手間がない。弱点は、保存性の低さだろうか。

あちらを立てればこちらが立たず。という状況の中で、最も効率が良くてバランスが良いものを取捨選択した結果が、それぞれの地域に伝統的に伝わる「主食」となる作物なんだろうな。近代以降、農業技術が高まり、その上冷凍などの保存技術も発達した。こうなると、取捨選択しなくて良くなるのだが、さてさて、人類はこの「食料選択の自由」の状況下で、どんな選択をするのだろうか。

今日も読んでくれてありがとうございます。どの時代にも言えることなんだけど、ひとつ良さそうなものが見つかると社会全体でそれに傾斜していくんだよね。もう、そればっかりにしようとする。確かに効率が良かったのだろうけど、一方で多様性が担保できなくて飢饉にはめちゃくちゃ弱い社会。近代以降200年間を振り返ってみても、ずっとやっているよね。で、また今もそうなろうとしている。食の多様性って、なんだろうな。

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