使わなくなることを前提とした商品設計。 2023年7月19日

1年ほど前から「補助輪のようなモノ」に興味を持っている。人間が自転車に乗れるようになるまでの間だけ、それをサポートするために生まれたモノ。やがて不要になることが運命づけられていると言うか、不要になることをゴールに設定されたモノ。そんなモノが他にもあるだろうか。食産業の中で、それは一体なんだろうか。そんな問だ。

少し前に人間の遺伝子情報を解析して、個別最適化された食事を提案するというサービスが実用化された。食のパーソナライゼーション。アレルギーはもちろんのこと、遺伝子情報をもとにそれぞれの個体特有の傾向にあわせた食事を提案。これで人類は皆健康、というわけだ。

血糖値の上下動を即座に検知するサービスもある。何を食べたらどのように血糖値が上がるのか、運動などはどのように血糖値に影響しているのか。自らの身体で起きていることをその場で知ることが出来る。

こうしたサービスは、一見してサイボーグみたいで、どこか居心地が悪く感じる。けれども、これを補助輪として捉えてはどうだろうか。感覚で捉えきれない部分を視覚化することで、自分の感覚に実装していくという考え方。いずれ、上記のような測定装置がなくても、身体感覚や知識で判断できるようになるかもしれない。これを目標にして「身体感覚を研ぎ澄ませるための練習器具」だと考えれば、それはそれで面白いかもしれない。

たべものラジオの砂糖の歴史シリーズの最終話で、至福ポイントについて触れた。甘味や塩味などは、人間が食べるのをやめられなくなるような究極の配分があるという話。お菓子などに採用されているのだけれど、至福ポイントを極めた食品は飛ぶように売れる。これが健康上の最上ポイントと同一であれば問題など無いのだけれど、不健康になるというのだ。現時点で、アメリカ政府内でも問題視されているということである。

さて、これらの考えを複合して考えてみるとしよう。健康に生きる。ということを目標に設定して、身体感覚はどこまで信用できるのだろう。

体験から言うと、脳が疲れている時は甘いものが欲しくなるとか、汗をたくさんかくとしょっぱいものが欲しくなるという感覚がある。なんとなく玉ねぎが食べたくなったり、キノコが食べたくなったり、レモンのような酸っぱいものが欲しくなる時がある。季節が巡ると、その季節のものが食べたくなるような身体感覚はあるような気がする。

オランウータンを観察していると、様々な食料を口にしているようでいて、一定の栄養素を安定的に接種しているという事がわかるらしい。そんな研究がなされたそうだ。はたして、ぼくたち現代人にその感覚を獲得することは可能なのだろうか。

世界中の料理文化の歴史を探索していると、概ね不健康な方向に向かっているように見える。何度も揺れ戻しがあるようだけれど、糖質や塩分の摂取量は増加しているし、脂質も高くなっている。一方でミネラルや食物繊維の摂取量は減少傾向だ。地域によって違いはあるけれど、時間軸で見る限りは全体的な傾向のようだ。

これを真とするならば、人類はゆっくりと至福ポイントに向かって食文化を推し進めている可能性もある。人間の身体感覚など、あまりあてにならない。そもそも、脳は簡単に騙されるものらしいから、しょうがないのかもしれない。

ちょっと悲観的。だけど、これを前提として考えたら、簡便に数値で認識できるというのは有効かもしれない。

優秀なサッカー選手は、フィールドにいながらも空から自分を見ているように空間を把握することが出来るらしい。とある有名な選手は、この能力を手に入れるために、何度も自分のプレイを動画で確認したそうだ。フィールドに居る時に見える景色と俯瞰した時に見える景色が合致するまで繰り返す。訓練すれば出来るのだろう。

今はまだ、前述の商品、サービスは便利な科学機器という位置づけだけど。少し商品設計を変えて、いずれ使わなくなることを良しとする形にしていくのも有りかもしれない。

今日も読んでくれてありがとうございます。ずっと装置に頼るのもひとつの手段だし、体ひとつで出来るように自分を磨いてしまうのも手段なんだろうね。後者の発想って、とっても日本的かもね。

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