今日のエッセイ-たろう

半世紀前のレシピを見て気がついた野菜のはなし。 2024年4月10日

当店では、過去に提供した献立の記録がある。といっても、その全てを記録してあるわけじゃないけれど、ざっくり半世紀におよぶ献立の記録があるのだ。前菜はどんなもので、椀物や焼き物の中身がなにか。焼き魚に添えられるものなども、大まかに書いてある。大学ノートに書いてあるから、パラパラとめくって眺められるのはアナログの良いところだ。

最近、父と一緒にそんな帳面を眺めてはあれこれと話しをしていたときのこと。献立ノートだけじゃなく、レシピノートも引っ張り出してきて、最近の料理と比べていたのだ。この頃は、こういうのがマイブームだっただの、こんなに手の混んでいることをやっていただの、忙しすぎて簡略化されていただのと、思い出話に花が咲く。それと同時に、これから作る料理についてもいろいろと思いを巡らしていたのだ。そして、ひとつ気がついたことがある。料理の手数が違う。

父が若い頃の料理は、とても丁寧。というか、下ごしらえに手間がかかっている。じゃあ、今は手抜きなのかというとそういうわけでもない。これが、とても興味深く思えた。

例えば、大根や人参、ゴボウといったポピュラーな根物野菜は、必ずと言っていいほどアク抜きの工程があった。ほうれん草だって、重曹の出番があるのだ。アク抜きをしなければならないような野菜だったということなのだろう。父は、最近は横着になってしまったと反省していたが、果たしてそれが理由なのだろうか。私が生まれる前のことだから、その頃の料理の味がどんなものだったのかはわからない。ただ、父の感覚としてはもっと味が良かったというのだ。

じゃあ、父に代わって再現してやろうじゃないかという気持ちになって、あれこれと聞いてみた。そんな中で、こんなことを聞いた。昔ながらの下ごしらえをやってみたのだけれど、どうにもしっくりこなかったそうだ。本人は「衰え」だと言うけれど、それはそれで私には納得できない部分がある。

あくまでも可能性だけれど、野菜の味が違うのじゃないだろうか。

かつての野菜は、今よりもずっと使いづらかったという。確かに、もっと人参は人参臭かったし、葉物は苦みがあった。つまり「濃い」印象はあったのは確かだ。それが「使いづらい」というのはどういうことだろう。

おそらく、味の濃さとアクの強さは比例していたのじゃないだろうか。煮込んでも簡単に煮崩れたり、場合によっては溶けてしまったりすることがないほどにしっかりしていて、それぞれにしっかり味や香りがある。というのが、父の話から推測される「かつての野菜」の姿。ただ、その代わりに、とても手間がかかる。

手間が掛かるが、とてもうまい。そこそこうまいが、手間がかからない。もしかしたら、日本社会は後者を選択してきたのかもしれない。ただの憶測でしか無いけれど、そんなことを思った。もし、そのとおりだとしたら。という前提でもう少し考えてみると、社会の要請がそこにあったのかもしれないと思えてくる。

手間がかかる。というのは、調理に必要な時間が長くなるということだ。今では信じられないけれど「モーレツ社員」とか言われて「24時間働けますか」というコピーが流行した時代があったわけだ。とにかく、経済的な成長に時間を振り向けることが社会にとって必要だった。そういう構造だったのだろう。それに応える形で「それなりに美味しくて、手間のかからない」食材を作る流れになったというふうにも見えてくる。

野菜に限ったことではないかもしれないけれど、食料は「より美味しく」なってきた。それは様々な開発の素晴らしい結果だということは間違いない。間違いないのだけれど、それには「手間がかからない」という条件が付帯していたということなのだろう。その条件下での最適解。だとするならば、父の直感と符合する。

今日も読んでいただきありがとうございます。どっちが良いってのは決められないよなあ。大根の味噌汁を作るたびにアク抜きなんてしてられないだろうし、それをしなくちゃ美味しくないってのも、家庭では嬉しくないもんね。料理の専門店向けに、手間のかかる野菜があったら良いのかもしれないけど、それはそれで採算合わないかもしれん。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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