今日のエッセイ-たろう

売場づくりのあれこれ。2022年12月19日

知人が飲食店をオープンするにあたって、現場の運用などのアドバイスを行ったことがある。いやぁ、なんというか、けっこう面白かった。彼はぼくが「新規立ち上げ」の経験があるのかを気にしていたのだが、そんなものはない。ゼロから一つ一つ作り上げることの大変さはやってみなければわからないのだけれど、とりあえず見てくれということだったから見に行った。で、驚いた。びっくりするほどに無駄が多い。

彼も飲食店の現場を作るなんてことは初めての経験なのだから仕方がない。そもそも、調理も接客もやったことなど無いのだ。一応、彼のもとには取引先から出向してもらっているスタッフがいて、そのスタッフは何店舗かの立ち上げを行ったことがあるらしい。その点はぼくにはない経験ではある。ただ、コストを掛けるべきポイントが違う。課題があるとして、モノで解決するのか、人の労働で解決するのか、という二択。そのコストと効果の検証は、現場運営と経営判断の二軸が必要になる。

こういったことを踏まえると。このとき必要な能力というのは、「現場を見てどれくらいの解像度で実際の運用風景を想像できるか」である。そして、「具体的な解決策を明示することができるか」だ。ここまでが基本。そのうえで「費用対効果を即座に想像することが出来ること」が必要になる。

で、だ。実は、上記の業務は得意なのだ。飲食店の新規オープンの指揮を取ったことはない。けれど、違う業種の新店舗の立ち上げは、さんざん携わってきたからだ。その時の知見と、現在の飲食店の経営を組み合わせれば、それなりの解像度で妄想するのは難しいことではないのだ。

現場を見たらある程度の解像度で動きが想像できる。この場所に立つと背後にどの程度の導線が確保できて、前には何が見えて、次の動きまでの工数がどのくらいで、何がじゃまになるか。複数人がすれ違うのに、どこがボトルネックになるか。ストックヤードに何を格納して、手元に何を格納するのか。などなど、結構細かなところが見えてくる。

ぼくの場合は、映像として脳内で再生される感覚がある。まるでバーチャル空間のように、再生されている映像の中を自由に動き回って観察しているようなイメージ。

その店は、横に長いカウンターの中で調理と販売の業務を行う。結構狭い。夜はお酒が飲めるようにして、唐揚げなどの揚げ物がフードメニューのメイン。ランチは、ワンコインの弁当を販売と唐揚げ定食の提供をしたいらしい。で、気になったのはご飯とその周りのオペレーションだ。

日本人にとっては当たり前の主食であるご飯は、ほとんどの家庭で電気炊飯器を使って炊く。ただ、これが飲食店のオペレーションとして考えると、けっこう煩雑になるのだ。ご承知の通り、米を計って研いで浸水させて炊く、というのが手順。その作業スペースを考えるとそこそこ場所を取る。とにかく、米喰いのランチでは量が必要になるわけだ。保温器も必要になるかもしれない。炊飯器は保温機能がついているから、二台用意するのが良いかもしれない。

で、だ。問題はそれらを置くスペースが有るか。あったとしても、他の作業の導線を邪魔しないか。作業を行うのは何人か。時間はどのくらいかかるのか。このあたりが気になってくる。

ぼくが現地を見に行った段階では、五合炊きの炊飯器と1升の保温器は購入済みだった。

メチャクチャ狭いキッチンで、保温器を設置するのはロスが大きい。ご飯の保温器は業務用しか手に入らないから、サイズが大きい。にもかかわらず、機能はご飯を保温するだけだ。夜の営業では出番が無いので、都度収納する必要がある。でもその場所がない。歩いて数分のところに倉庫を借りているのだが、毎日そこまで運ぶのはナンセンスだ。

こうした運用面の制約と販売商品は連動して考える必要がある。よく売れそうな商品を思いついたとしても、運用に無理があるのであれば、それはいつか破綻するリスクを抱える。であれば、現実的に持続可能な商品設計を行うのが良い。

基本的に弁当は作り置きである。ランチ前の営業をどうするかにもよるが、ランチ前の時間は店の営業を行わずにお弁当作りに特化することも可能だ。だとしたら、保温器は不要。むしろ炊飯器を大型のものに切り替えても良い。そもそも、弁当を数十個作るというのに5合炊きではサイズが小さい。1升サイズが欲しいだろう。というようなことを妄想していく。そうすると、必然的にランチの店内食は諦めることにする。これも選択肢の一つだ。

上記は、わずか一例でしかない。現場をあるき回りながら、いくつものシミュレーションを脳内で繰り返す。そして、いくつかの仮説を組み立てる。というところまでが、本来やるべきファーストステップだ。

ファーストステップで想定した仮説を検証するための情報収集を行うのが次にやること。いわゆるマーケティングである。

気をつけなければならない点は2つ。ひとつは、先に仮説を立てることだ。事前調査と計画というフェーズとは違って、計画を現実に落とし込む際には現地に合わせたカスタマイズが必要だ。事前調整であれば、仮説があるとバイアスがかかりやすくなるので無い方がいい。しかし、この段階では具体的な解決策を検証するのだから仮説が必須だ。仮説があることで、見えていなかった情報に気づくことができるようになる。

もうひとつは、数値に現れない情報を細かく読み取ること。数値情報を定性情報というが、それ以外の肌で感じる情報を定量情報という。これは経験に裏打ちされた肌感覚も必要なのだが、観察力が最も物を言う。たくさんの視点で観察すること。店舗近辺の人の導線だとしても、通路のどの辺りを歩く人が多いのか、そのとき視線はどこにいっているのか、歩くスピードはどの程度か、などなど観察するポイントはたくさんある。精度が上がるとそのエリアのマーケットがどのような傾向にあるのかが見えてくる。

で、最後のステップ。どんな手を打てば流れを変えられるか、だ。将棋の一手のような感覚。細かく解説してもしょうがないので、このあたりにするか。

ほんのちょっとしたことで、流れは変わることがある。立て看板の位置を20センチばかり右に動かす。スタッフの立ち位置を反対側にする。照明の角度を変える。前職ではイベントブースなどを巡回しながら、こうした微差から流れを良くすることが業務だった時期がある。

ただ、これらの技能は他人事の心が必要なのだ。思い入れが強いと、感度が鈍ることが多いらしい。それは、ぼく自身も同様だ。だから、アドバイザーが必要ということである。

今日も読んでくれてありがとうございます。知人にはいろいろと細かい事を伝えてきたけれど、はたしてどうなっただろうか。もっと近くにあれば、時々は顔を出せるのだが。心配はしつつも、本格的な事業参画は断ったので現状がどうなったのかわからないんだよね。うまくいっているといいな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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