民主化して広がるものと、そうではないもの。 2024年4月13日

元禄文化の最初の頃に活躍した松尾芭蕉。日本の義務教育を受けた人なら必ず聞いたことがある名前だし、有名な句のひとつやふたつくらいは諳んじられるはず。「夏草や」、「古池や」、「五月雨を」などと最初の歌いだしだけでもそれが何かわかるほど。個人的に好きなのは「海暮れて、鴨の声、ほのかに白し」。

わたしたちが中学生くらいの頃には、「俳句」というカテゴリを作った人として習ったと思う。実態としてはそうなのだけれど、俳句という言葉を作ったのは正岡子規で、明治に入ってからのこと。「俳諧の発句」というのが、この時代の表現だそうだ。

和歌には、連歌という歌遊びがある。最初に誰かが575の上の句を詠んで、別の誰かが下の句を詠む。そのときに、わざと視点をずらしたりして解釈を変えていく。あえて誤読していくわけだ。そうすることで、世界観が広がっていく。という遊び。

和歌というのは過去の作品を知っていて、そのオマージュの連続。古今和歌集のあの歌はこんな意味だったから、それを踏まえたこの歌はこう解釈するのが良いだろう。という具合。素晴らしい文化だけど、なんかちょっと疲れちゃう。と思ったからなのかどうかは知らないけれど、もっと気軽に笑える滑稽なネタを取り込んだのが俳諧。で、俳諧の連歌が流行するんだけど、もう最初の575だけでも良いんじゃない?という感じで登場したのが「俳諧の発句」というジャンル。松尾芭蕉はこれで有名になったわけだ。

とてもハイソサエティなところにあった文化を、思いっきり俗っぽくしてしまった。そんなだから、誰でもわかるような平易な言葉しか使わない。教養のない人にとってはまるで暗号のように思える読み解きも必要ない。だいたい理解できる言葉だし、情景を思い浮かべることが出来る。だから、一般に広まったのだろう。

小説だって、もとをたどっていくと詩になる。世界史の中でも時々「叙事詩」という文字を見かけるけれど、詩という形態で事実を表現したものということらしい。そのうちに、散文という詩の形態を取らない表現が出てきて、徐々に俗っぽくなっていく。そのずっとさきに小説が登場する。

日本も似たようなものだ。儒教の四書五経みたいに、政治のあり方とか人間のあり方という哲学を解いたのが大説。これに対して「もっとライトで俗っぽいもの」という意味で小説と名付けられている。

食文化も、だいたいこの流れと同じように見える。社会の上流で培われたものが俗っぽくなって、広く伝わっていく。タイミング的には、なんとなく庶民の生活が豊かになってきた頃が多いんじゃないだろうかと思う。それは、食材そのものだったり、料理だったり、慣習だったりだ。こういう流れのことを「民主化された」って表現している。民主化するときには、たいてい経済が動く。その結果、こっちのほうが売れるとか、儲かるという理由で改変されていく。で、どんどん多様性を帯びていって、いつの間にか原型を止めないほどに変わったものが現れて、それが新たなジャンルとして独立していく。みたいな感じだろうか。

民主化されなかった文化は、あまり多様化しないのかもしれない。一方で、純粋性を保ち続けるという意味では機能している。ガラパゴス化っていうけど、それは必ずしも悪いことじゃないだろうし。ただ、油断するとこちらは消えてしまうリスクが有るような気がする。経済に組み込まれていないか、組み込まれていたとしても民主化していないために、市場がとんでもなく小さいということがある。こういうの、なんとかならないかな。民主化しなかったもの、本の流れを守っているものがあるからこそ、民主化したものも価値がわかるということもあると思うのだ。

今日も読んでいただきありがとうございます。儲かる、とか、社会的に意味があるとか、そういう理由がなくてもやりたいことってあるじゃん。単純に好きとか、楽しいとか。そういうのをやり切るってだけでも良いよね。きっと松尾芭蕉だって、そうだったんじゃないかな。ただ、たまたまウケて大成したっていうだけ。この人がやったこと、完全に再現性ないもん。

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