都会から田舎へ移住するということ。 2023年2月10日

今を遡ること9年ほど前。ぼくは掛川という田舎町に帰ってきた。生まれ故郷というわけではないけれど、小学生から高校を卒業するまでの間、この街で成長した場所。そして、現在もずっと実家のある場所。

あの頃は、今と比べてもずいぶんと尖っていたような気がする。東京で、それもそれなりに大手企業で働いた経験もあって、田舎のシステムがもどかしく感じていたのだ。なんでこんな仕組みなんだよ。もっと効率良く出来るはず。こんなことをしても意味がない。と、口には出さないまでも生意気なことを考えていたな。

社会人の大半を営業畑で過ごしていたこともあって、それなりに知見も経験もあったからね。少なくともそのつもりだった。で、掛川という町を少しでも快適な場所にしたくて、いろんな企画を考えてはゴチャゴチャと動いていた。市街地Wi-Fi化計画の提案やら、緑茶で乾杯運動やら、観光協会の仕組み改造やら、いろいろとやってみた。

そして、つまづいた。

当然なのだけれど、何も知らないぽっと出が偉そうに御託を並べたところで、聞いてもらえるはずもない。たしかに理屈ではそうかもしれんけど。けどな。そんな言葉で優しく諭されるたびに、心はいつもざわざわしていたっけ。

ある時、地元のある企業の社長と一緒に酒を飲んでいた。商工会議所青年部の先輩だ。彼は、次から次へと面白い挑戦を思いついては、あれこれと動いていた。素直にスゴイと思った。町の実情をよく知っているからこそ湧き出てくる課題とアイデア、そして実情に沿った形での実行。だから、彼の周りには反対者よりも応援する人たちが集まってくる。人も物も金も、そのために集まる。

正直、田舎を舐めていた。自分自身が田舎出身のくせに、少しばかり都会で働いたくらいで田舎を舐めていた。今思うと、恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだ。

ともあれ、一度「スゴイ」に出会ってしまったことは、ぼくの視界を大きく変えた。少々いびつな仕組みに見えるものがあったときに、一刀両断するのではなくて「なぜ、こうなったのかな」という気持ちで背景を聞いてみるようになった。実際に聞いてみると、確かにそういう状況ならぼくも同じ判断をするかもしれないなあ、と思える事象が山ほどあることに気がつく。

そうなんだよね。みんな、その時代に合わせて最良の選択をしてきたはずなんだ。だから、後から来たものが表面だけを見てチャチャを入れても、聞きいれられない。いくら合理的でも、それを成してきた人たちの思いもあるからね。

いちいちエピソードを聞いては、その時の苦労や工夫に驚き感心する。そんな日々が続いた。単純に、それを知ることが面白かったから。自分の両親と同じくらいの世代の人達に、飲みに連れて行ってもらって話を聞くのがとても楽しかった。説教臭くない説教を聞くのはとても楽しい。今の人たちの役に立つかどうかはわからないけれど、私のときはこんなことをした。そんな物語を聞く。

その物語を聞いて、これから何をどう考えて、どのような行動をするのかは、ぼくの問題だ。説教をつまらないものにするのか、良いものにするのかはぼくの行動次第だ。そう思わされた。今思うと、とんでもない先輩たちだ。もし、ぼくの思考がこのように変わることを予測して話をしていたのであれば、それは見事に成功している。狙っていたのであれば、それはそれでスゴイことだ。

都会から田舎へすみかを移す人が増えているらしい。で、うまく馴染めないでいる人も多くいるらしい。黙って田舎のルールに従えと言われても納得いかない。地元の寄り合いに参加しても、よそ者扱いでまともに取り合ってもらえない。全てではないだろうけれど、ネット上で見かける記事やSNSではそんな声を見かける。

ぼくは、地元へ戻っただけだから状況が違うのだけれど、少しでも役に立つことがあれば良いと思って書いている。

今振り返ってみて、良かったなと思うのは「聞く」姿勢になったことだ。どんな面白いことがこの町に埋まっているんだろう。どんな面白い人達が住んでいるんだろう。スゴイ、とか面白いとか、そんなシンプルな感想を口にしてきた気がするんだ。つまるところ、興味を持つってことかな。町そのもの、そこに住んでいる人に興味を持つ。無理に共感なんかしなくてもいいから、興味を持って面白がる。そんな姿勢が良かったのかもしれない。

今日も読んでくれてありがとうございます。役に立つかどうかはわからないけど、とりあえず個人の経験を公開しておくことになにかの価値が生まれるかもしれないからね。人によって状況も違うし、町も違うんだから、同じことは出来ないかもしれないけどさ。内側に入って観察するくらいの姿勢でいると、割りと面白いよ。あ、こういうのを学術的にやっているのが人類学のフィールドワークなのかな。いや、知らないんだけども。

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