食の多様性に対応するコストを考える。社会の食事情を考える糸口を探る。 2023年11月30日

食べられないものがある。と一口に言っても、その理由は様々だ。アレルギー体質ということもあるし、宗教上の理由もあるし、ただ嫌いだということもある。嫌いというのにもいろいろあって、作る側としても困ってしまうこともしばしばだ。

例えば、魚を食べられないという場合。魚の何がダメなのか。生臭い匂いがダメだという人がいたとして、それは鮮度の問題なのかも知れない。実際に、それと知らずに食べた料理の原料が魚のすり身だったことがあって、美味しい言っていた人もいる。事前に知らされていなかったために、魚を使った料理をお出ししてしまったのだけれど、結果として魚嫌いを克服してしまったというケースだ。そうではなくて、とにかく魚の香りが少しでもあると鼻についてしまうという人もいる。その場合は、刺し身はもちろん焼き魚もダメだし、蒲鉾もはんぺんもダメ。その割に、かつおだしは好きだという人もいる。一言に魚が嫌いと言っても、内容を知ると実に多様だ。

そういえば、亡くなった祖母は卵が大嫌いだった。生卵はもちろんのこと、目玉焼きも、ゆで卵も、卵焼きもダメ。いつだったか卵豆腐を買ってきた時は、こんなものを食べる人の気がしれないと言っていたのを覚えている。じゃあ、逆になにが好物なの?と聞いてみたところ、茶碗蒸しだという。茶碗蒸しはいくつでも食べられる、と。まだ、ぼくが小学生の頃の話だけれど、これはよく覚えている。茶碗蒸しだって卵を使っているのに、それは大丈夫なの?と聞いてみたが、好きなものは好きなんだ、と。

人の好みとは、こうも不思議なものかと思ったのを覚えている。それは、いまでも感じているのだけれど、仕事として対応しなければならない立場となると、面白がっているだけでは済まない。いろいろと、面倒なことがたくさんあるのだ。

一般的に、昆布と鰹節の合わせ出汁が好まれる傾向にある。現代の日本料理の基本出汁というのは、言うまでもないか。多くの人にとって「好き」な味だから、それに合わせて料理を作るし、そのために準備をする。魚がだめな人が一人だけいて、その人だけ別の料理を作らなければならないとすると、一人分だけ別の準備が必要になる。

稼働時間は長くなるし、食材を別に用意することになる。当然コストが発生する。もし、お客様全員ないしは、そのグループ全員にお出しする料理を精進モノにするのであれば、そのコストは吸収することができる。

5人は魚が食べられないが、残りの20名は魚が好き。同じ値段で対応してほしい。というのが、よくある注文であるところが悩ましい。

社会全体で食べられないものが存在していることがある。宗教的な理由もあるし、飢饉などで入手が困難だということもあるし、そもそも地理的な条件で入手できないということもある。社会全体がそうであるならば、好き嫌いに関係なく、それが食べられない人がマジョリティになる。当然、社会の仕組みもそれに適応しているはず。

だとしたら、マイノリティは何をどうやって食べてきたのだろう。貴族だけが食べていた贅沢な食事も、いうなればマイノリティ。現代と比べれば、それにはとんでもないコストがかかっていたのじゃないだろうか。消費量が圧倒的に少ないのに、そのために対応しなくちゃいけない。それを社会が負担するのだ。

アレルギー体質、好き嫌い、宗教上の理由、贅沢。これらをひとまとめに語るのは無茶がすぎるのだけれど、その食を用意する人にとってはやることは同じ。嫌いに対応するのも、好きに対応するのも同じ。という構造はありそうな気がしている。

タンパク質が不足する時代に差し掛かって、大勢が大豆に向かうとしたら、それはそれで大変なんだよね。大豆をたくさん作れるところだけが優位になって、そこにタンパク質の格差が生まれるから。だから多様性が大事。一方で、あまりにも多様性が高いと、負荷がかかるのかもしれない。

と、どんどん話を拡大してきたところで、あんまりシンプルに考えるのは危ないなと思い始めた。もっと複雑なことがいろいろあるだろうから、じっくり腰を据えて感がなくちゃ行けない問題なのだろうと。

今日も読んでくれてありがとうございます。シンプルなほど対応しやすいけれど、シンプルにしすぎると課題解決から遠ざかるリスクが有る。って、誰かが言っていたな。大勢に合わせれば効率化されるけれど、効率化した分だけ文化的にも生産体制的にもリスクが有る。多様性を担保するにはコストがかかる。うまい言葉が見つからないな。

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