今日のエッセイ-たろう

飲食店の経営について書いてみた。 2023年1月28日

数年前のこと、とある製茶会社を訪れた時にこんな会話をした。社屋と製茶工場を新しくしていたので「調子良さそうですね」と何気なく言ったら、「調子がよかったら投資なんかしないです。改善の必要があるから設備投資が必要なんですよ」と言われた。まさにおっしゃる通りだ。

例えば野球のピッチャーで、いまメチャクチャ調子がよくて勝ち星をどんどん積み上げているとする。とにかく絶好調。そんなときは、下手にフォームを改善したりしないほうがいい。そのままで良いのだ。投資するべきは、現在の状況を維持する環境を手に入れること、である。修正するとしても、今の状況を壊さない程度の微細な部分になるだろう。でなければ、目の前にある「勝ち」がスルリとこぼれ落ちてしまうだろうと思うからだ。

一方で、調子が良くないとか、イマイチ現状の結果に納得できていない時には、思い切った修正が必要になる。少しくらい無理をして、もしかしたら今より悪くなるかもしれないという恐怖と戦いながら挑戦する。借金という金銭的なものだけではないリスク、を抱えながら変革を促す。そうでなければ、なかなか思い通りの結果を手に入れることが出来ない。

冒頭のセリフはまさにこれである。ぼくにとって忘れられない会話だ。

社会全体の経済状況は思わしくない。もともと、投資が停滞していたところに加えて、原価の高騰、光熱費の上昇、である。これに合わせて値上げをしようにも、デフレによって国内市場の冷え込みは続いている。何に投資をすべきか悩むところだ。

かつての食産業は、機械投資を行った。飲食店は置いてきぼりになったが、食品メーカーはメカニック開発を推し進めた。機械が働いてくれるおかげで、機械が稼いだ利益を人件費へと還元することが出来た。こうした傾向は社会全体にあって、最も顕著に現れたのはIT業界。ものすごく極端な言い方だけれど、文字列がユーザーにサービスを提供していて、そこで稼いだお金が人件費へとまわる。モノよりもずっと管理コストの低いものが、コピペで稼ぐことができる仕組み。そんなに簡単ではないというのはよくわかっている。けれども、他のものづくりやサービス業と比べれば、この傾向が強いのは明白だ。

飲食業がこれと同じ方向へとかじを切ることは難しい。いや、出来ないことはなし、実際にやろうとしている企業もたくさんある。けれども、それは商品自体を変更することになる。経営の世界ではドメインの変更と言われることに繋がりかねない。ドメインというのは、その企業の理念などの根幹をなしている部分だ。土台と言い換えても良い。これを下手に変更するということは、まるで違う企業へと変貌することに等しいという。実例としては大塚家具が有名だ。その企業のドメインを捨てて、急激に切り替えた結果、経営が傾いた。だから、ドメインを動かさずに商品や運用やマーケットをずらしていく。これをピボットという。バスケットボールでは、軸足を動かさずに反対の足をずらして体の向きを変えるというテクニックがあって、それをピボットと言っている。これと同じことを経営で行おうというのである。

これがまた、難しい。簡単ではないからこそ、多くの企業が悩み苦しむのだろう。まあ、簡単にできる人には出来るのだろうけれど、凡人には難しいのだ。

こうしたピボットにも投資が不可欠である。では、いったい何に投資をすべきなのだろうか。それこそ、ケースバイケース。千差万別なのだろう。社会環境がシビアなときだからこそ、どこまでもシビアな決断が求められるのかもしれない。

大手企業では、何度と無くリストラが行われてきた。今では正社員が簡単に解雇されるようなことはなくなったけれど、その代わりに取引先企業との関係が終わることもあるようだ。そういうニュースを見かける。派遣社員ではなく、派遣会社との契約延長が行われない。そういったことで、企業の支出を見直す仕組みである。賛否はさておき、これもまたひとつの手段といえば手段。

人への投資というのは、一体どういうことなのだろうか。ビジネス書で語られるのは、研修や研究の話が多いようだ。ビジネス書はあまり多くは読んでいないので偏っているかもしれないけれど、少なくともぼくが読んだ本ではこういった話が多い気がする。

でも、よくよく考えてみると給料って人的投資にならないのかな、と思う。うちみたいな零細だと、じゃあその原資はどこから捻出するんだってことにはなるのだけれど。可能な限り、給料に反映させないといけないんじゃないかって思うんだ。

料理店というのは、ある種のエンタメ。機械化を進めることが出来る部分はあるけれど、接客も料理も人が行うことにエンタメ性が付与されている。バンドやオーケストラのようなものだ。オーケストラコンサートで、ビオラやティンパニが打ち込み音になっていたら、少々興ざめしてしまうのではないだろうか。自動演奏だったとしても、情緒的にはどうなのだろう。

人のなすことを人が楽しむ。そういうエンタメだといえる部分が大きいのではないだろうか。だとすれば、人への投資は不可欠。こんなときだからこそ、特に人への投資。給与を増額。そのために、経営者は頭をひねって知恵を絞り出す。給料を増額するために頑張る。これを何の文脈もなく語れば、意味がわからないのだけれど、こうしてぐるぐると思考を巡っていくと、結局こんなチープな言葉に集約されてしまうのだから面白い。

今日も読んでくれてありがとうございます。まぁ、これは元々あった思想が影響しているだろうな。会社っていう仕組みは、社会経済のモーターみたいな側面があると思っている。入ってきたお金を、全部支払う。究極的にはそういう存在。その過程で、作り出したい世界が生まれる。逆か。夢を形にするということを動力とした経済のモーター。みたいな感じ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ留学。帰国後東京にて携帯電話などモバイル通信のセールスに従事。2014年、家業である掛茶料理むとうへ入社。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務め、食を通じて社会や歴史を紐解き食の未来を考えるヒントを提示している。2021年、同社代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなど、食だけでなく観光事業にも積極的に関わっている

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