「旨い」と「ものづくり」を考える。「旨い」とはなにか。 2023年8月2日

旨いってなんでしょうね。と問いかけられた。

「どうされたのですか?」「いや、うちの社長が言うんですよ。旨い酒を作れって。」

そうだよなぁ。旨いって、ものづくりの基準にするにはファジーなのだ。誰かにとっては「旨い酒」でも、他の誰かにとっては「甘い」かもしれないし、「辛い」かもしれない。人によって違うということもあるし、シチュエーションによって違うかもしれない。同じ人でも、家でテレビを見ながら一人で飲むのと、仲の良い人とワイワイ楽しむのと、家族で過ごす夕食と、それぞれに感じ方が違うかもしれない。

語源的には「うまい」というのは、「良いね」と同義。素敵な風景を見て、なんだか知らないけど「いいなぁ」としみじみ思うとか、そういうのと同じ意味で使われていたらしい。ちょっと「もののあはれ」と似ている気がする。

そういう意味で行くと、何を旨いと感じるかは、受け手によって大きく変わる。「夏草や兵どもが夢の跡」というのは、松尾芭蕉の有名な俳諧だ。これも、藤原秀衡らに思いを馳せた松尾芭蕉だから沿う感じているのである。何も知らずにその風景を見たら、ただの草はらにしか見えないかもしれないし、廃墟かもしれない。暑いなあとか、歩きにくいなあとか、そんなことを感じるかもしれない。受け手によって、感じ方はかなり大きく変わってしまうのだろう。

だとすると、だ。旨い酒を作るというのは「誰にとって」とか「どんな環境で」とか、いろいろと「修飾語」が必要な気がするんだよね。

具体的に料理とのペアリングを設定しても良い。カレーに合わせた日本酒というのは、見たことがない。需要があるかどうか走らないけれど、修飾語としては面白い。シチュエーションから考えてみると、どうなるだろう。「家族団らんに似合う酒」だとしてみようか。家族って、何人かな。どんな構成なんだろう。2世代なのかな。それとも3世代だろうか。その中で、酒を飲むのは誰だろう。酒を飲まない人は何を飲むのだろう。どんな食事なんだろうね。大皿かな、それとも銘々皿かな。煮物や刺し身があるから和食だと思ったら、ハンバーグもある。ポテトサラダもある。なんてこともあるかもしれない。

とまあ、妄想していくとキリがない。なんだけど、そういうのが無いと「旨い」が定義しにくいんんじゃないかな。

どんなに想像してみても、完全な個別最適化って難しい。近年では、「パーソナライズドフード」というのが登場している。人々の好みや、栄養を個別に把握して提供するというのだ。AI技術を駆使して、本人すら気がついていない好みを提案することも、徐々にだが具現化されつつある。

それでも完全に個別最適化することは厳しいだろうなあって思うのは、前述の通りだ。つまり、同じ人でもシチュエーションによっって「これ、最高!」って思える内容が変わるのだ。そんなところまで予測するって出来るのかなあ。だって、こんなのもあるよ。「私の好みでは無いけれど、それなりに良いとは感じる程度の味。ただ、大好きな人が一緒にそれを食べていて美味しいって言っている」というだけで、メッチャクチャ幸せかもしれないじゃん。

ちなみに、ぼくらのような職人が何を考えているかって言うとね。直接お客様と話をしたり、食べている様子や振る舞いなどから推察をして、パーソナライズを頑張っている。で、たいていのばあいはど真ん中を当てることなんてない。そこに登場するのが、「主観」だ。お客様に全力で寄り添うんだけど、「僕があなただったら」という主観で判断していく。もっと言ってしまうと「僕の好み」を提案することもある。

そもそも、料理の味付けなんて「料理長が旨いと思った」という主観が基準なのだ。料理長のスゴイところは、技術だけじゃなくて、「個としての好みがブレないこと」と「それが世間と相対化したときにどう見えるか」を知っていることだと思うんだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。どこまでヒントになるのかわからないけれど、ぼくなりに「旨い」と「ものづくり」を紐づけて考えると、こんな感じになるかな。直接話をはしたんだけど、改めて言語化してみました。

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