食のパーソナライゼーションについて、ずっと考え続けています。 2023年8月12日

この2年間ほどの間、ずっと考え続けていることがある。それは、食のパーソナライゼーションのことだ。健康という視点で考えると、人それぞれに必要な栄養素も摂取過剰な栄養素も違う。だから、遺伝子や腸内細菌を知って、個別最適化しようというのが昨今のフードテックで見られるトレンド。それ以外にも、食の好みや文化的背景なんかを反映しようという動きもある。なんだけどね。どこか、ちょっとしっくりこないんだ。

否定したいとか、そういうのではない。むしろ、ぼくはこうしたトレンドを好ましく思っている。反面、この動きが加速する中で失われるものがあるかもしれないとも思っている。

例えば、世の中で良くないということがあったとする。その原因らしきものを特定して廃止する。その結果、良くないことはなくなり一見社会は良い方向に向かう。けれども、原因とされていた事象は、別の良きことの原因にもなっている事がある。一つの事象が紡ぎ出す結果は、常に良きこととそうでないことの両方。というのは、食に限らずよくあることなんだよね。

飛鳥奈良時代に、大陸から多くの食文化が日本に入ってきた。で、この時代というのは大陸で感染症が流行していた時期と重なるんだ。これに対抗するために、日本では大皿料理よりも銘々膳で食事をするようになったという話がある。

銘々膳にしたことで感染症の拡大を防ぐことができた。一方で、共食をする集団の中で、量の配分をパーソナライズする機会を失った。共食という人類の根源的な文化も、別の形で形成する必要が出てきたわけだ。同じ釜の飯を食うというけれど、大皿料理ならば同じ皿の食を楽しむのが当たり前なのだからね。銘々膳にしたから、別のフォーマットを生み出す必要があったんだろう。

パーソナライゼーションが必要以上に加速してしまうと何が起きるだろうか。というディストピアを考えるには、SF的に未来を妄想するのが良いんだろうな。それが見えてくると、また他のアイデアが浮かんでくるかも知れない。

今のところの視点は共食の喪失かなあ。いま、私達の社会に根付いている共食文化は、パーソナライゼーションとうまく同居しているのか、いないのか。そういうところから施工を始めるのが良いのかも知れない。

ぼんやりと思っているのは、共食にも、パーソナライゼーションにも、それぞれにパターンがあるような気がするんだ。強度というかね。同じ文化を共有することで、なるべくパーソナライゼーションに近づけるとか。共同体のなかの人たちがみんな似たような体型だったら、それに合わせた服を作れば結果としてある程度のパーソナライゼーションが達成されたことになるよね。そんな感覚。

それから、誰かを主役にして、主役に合わせるというのもあるかな。誕生祝だったら、その人が喜ぶ料理を中心にするってあるじゃない。日常でも、小さな子供がいると親は辛いカレーを食べなくなるとか。蕎麦屋や寿司屋に行きたいと思っても、子供が幼いときには行かないという選択をするとか。そういうのも、ある種のパーソナライゼーションだよね。そして、同時に共食が持つ共同体維持の機能も果たしている。

個別最適化を考えるとき、どうしても「個」とはなにかを考えなくちゃいけないような気がしてるんだ。個を始点にして集団が出来るような捉え方もあれば、集団の結果としての個という捉え方もある。日本では後者の考え方が古くから根付いているよね。「わたし」は世間や祖先や自然などの結果である。みたいな思想。それに対して、デカルトみたいに全てのものの見方を「わたし」から始めるというのは西欧的なのだろうか。

今日も読んでくれてありがとうございます。食のパーソナライゼーションについて考えるというのは、まだまだ続きそうだなあ。今回みたいに共食を持ち出したりすると、二項対立で考えたくなるんだけど、それをやっちゃうとどこにもたどり着けなさそうだし。誰かと対話しながら思考を深めたい。

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