挑戦できる環境を作ること 2022年6月26日

誰でも挑戦できる環境を作りたい。これを掲げる組織は結構多い。スタートアップは、その存在が挑戦そのものだ。近年では大企業にもそういう文化が育まれつつあるし、行政単位でも同様のことが言われるようになってきている。掛川市もご多分に漏れず、といったところだ。

このことは、とても良いことだと個人的には思っている。やりたいことがあるのなら、挑戦できるという自由。選択の自由があるというのは感覚的に気分がいい。

ところで、自由を与えられたとして、わーいと喜んで自由に行動し始める人ってどのくらいいるのだろうね。無邪気に突っ込んでいく人もいれば、制約があっても自ら切り開くタイプの人もいる。後者は環境にかかわらず起業しちゃうんだろうな。あとは、何もしない人。

何もしない人が悪いわけじゃないよね。だって、挑戦したいと思っていないのだから。当然の行動だろう。そういう人もいるんだけど、なんだろうな、違う理由で何もしない人がいるような気がするんだ。

単純にビビるってこともあるか。挑戦するときは、リスクを抱えるものだと言われるからね。けど、ホントかな。ノーリスクのチャレンジって無いのだろうか。

仮にイベントを企画したとする。人を集めたり、資金を調達したりというのは、なかなかの行動力が必要だ。けれども、一度経験してしまえばどうということはない。とりあえず、そこをクリアすることが出来たとするか。集まってくれた人もみんないい人で「無償でもいいよ楽しいから」というし、資金も貸付じゃなくて協賛だから返さなくて良い。ということにしよう。そんな理想的な環境あるのかよと思うかもしれないけれど、案外あるよ。実際、ぼくや仲間がやってきたイベントや事業ってそういうのが多いからね。

さて、やる気もある、環境も揃った。で、あとは本人がチャレンジするかどうか。要は勇気を持って飛び込むかどうかの話になる。さあ、どのくらいの人がすっと動くだろうか。

と考えると、そんなに多くない気がするんだ。

どこかに、気になるポイントがある。それこそ、リスクと感じている部分があるのかな。一体なんだろう。まぁ、体は大変だよね。それはそうだ。普段の生活にプラスアルファの作業が発生するんだから。ということは、時間が持っていかれるか。日常生活のリズムは変えざるをえないかもね。家族がいる人だったら、そちらへの配慮が必要だと思うだろうし、お願いしなくちゃいけないかもしれない。

なんとなくだけどさ。ここで躓く人がいそうだよね。挑戦したいのに、家族を巻き込むことが出来ない。説得とか相談とか、何でも良いのだけど。そもそも言い出せない。そんなパターン。中には、相談せずに突っ込んで言っちゃう人もいるけど。

日常生活のリズムチェンジは覚悟した。家族も応援してくれる。この状況でも動かない人は動かない。さて、どういうことだろう。やる気はある。行動しようという熱量もある。という前提だと、不思議なことに思えてくる。

ところで、勇気が必要ってさらっと書いたけれど、それはなんのための勇気なんだ。勇気って、なにか根源的に怖いと感じることがあって、それに対抗できる強い精神みたいなイメージなんだけど。何が怖いのだろう。あ、これか。世間体。世間体って両面で働くんだよね。良いことにも悪いことにも。なんだか空気みたいな空想上の空間なんだけどね。実際に機能してるんだから。

失敗したときに、どういう目で見られるかっていうのが気になっちゃうのはあるかもしれない。そこは、確かに感じる。失敗を許さない文化。ということもあるし、そこまではいかなくても噂にはなる。あんなイベントやっても意味がないとか、立候補したけど落ちたとか、起業したけど畳んだとか、事業内容をすぐに変えたとか。いやもう、その前に「ナイスチャレンジ」なんだけどね。

挑戦ってさ。ぼくの感覚だと、失敗する確立が高いものに対して使う言葉だと思っている。失敗するかもしれないけどやる。成功するように工夫する。ほぼ確実に成功が約束されているのであれば、それは挑戦じゃなくて作業っぽいイメージが有る。

あ、今気がついたんだけどさ。失敗を許容しないタイプの人達って、もしかしたら挑戦するのを諦めた人たちなんじゃないだろうか。いや、全員じゃないとしてもね。もし私が挑戦していたら、そんなやり方じゃなかったから、成功したはずだ。みたいな気持ちがどっかにあるかもしれない。少なくとも、挑戦しようという気持ちだけは持ったことがあるから。想像だから、実際のところはわからないけどね。

失敗する自由。これは、挑戦する自由とセットなんだ。失敗するからこそ工夫がうまれる。自分の頭と体をつかって工夫したことは、知恵として蓄積される。蓄積されているから、次の挑戦で生かされる。偶然成功してしまった場合は、なぜうまくいったのかがわかっていないから、再現性が低いんだよね。そういう意味でも失敗は必要。死ぬこと以外はかすり傷って言葉は、芯を捉えている。

一般家庭の料理が、多様かつ高度化が進みはじめて久しい。こんなにも家庭料理のバリエーションが多い文化というのは、日本を除くと少ないとも言われている。グルメ文化大国にはなった。

スーパーの惣菜でも、コンビニの弁当でも、世界標準と比べれば恐ろしいほどにクオリティが高いのだ。こうなると、家庭料理に求められるクオリティへの期待値は更に高くなる。かつて、家庭料理によって飲食店のクオリティを上げざるを得なかった減少に似ている。

この根底には、出来合い料理よりも手作りのほうが美味しいはずという概念が潜んでいるんだろうな。最近は、コンビニ弁当のおいしさに近づけたいっていう新しい感覚も登場しているけど。

こうなると、料理も失敗できなくなっちゃうんだよね。こまかく書かれたレシピを参考に、だれが作っても失敗しない状態を作り出したくなる。それは、善意から生まれた文化なんだけどさ。せっかく美味しい調理方法が見つかったんだから、共有したほうがお互いに幸せだもん。それは間違いない。

ただ、レシピを元にしか料理を作らなくなっちゃう人口も一定数いる。人参がないから肉じゃがが作れないって、よくわからないことになる。あったほうが良いけど、なくたって構わないはずだ。肉じゃがにトマトが入っていたって構わない。それなりに食べられれば、オッケーというくらいの感覚だ。

ある程度失敗を許容することが出来るから、挑戦することができる。挑戦して失敗もあるけれど、その結果から成長することが出来る。そんな感じなんだよね。

大金のかかったビジネスや、家族の命運を掛けた挑戦や、命をかけたやりとり。そうなると、挑戦するにもリスクが大きいよね。そりゃそうだろう。けど、料理なんか失敗したって、マズくたってどうということはないんだよ。食中毒だけ気をつけておけばいいの。失敗ウェルカム。

失敗することを楽しむ。そういう場としての、料理っていう見方があっても良さそうだよね。いい練習になると思う。家族に食べてもらって、マズっ!って言われるかもしれない。その時はちょっとくらい傷つくかもしれないけれど、あっという間に笑い話になるから。あのときのお父さんの料理超不味かったよね。いつまでも娘に話題にされるって嬉しいじゃない。

話がそれてしまったけれど、失敗を許容するというのは制度じゃなくて文化なんだろうね。この文化を定着させるのは並大抵のことじゃない。町や国がそうなるには時間がかかるだろう。だからといって、いつまでも手をこまねいているのも気持ちが悪いよね。

今日も読んでくれてありがとうございます。だから、とりあえずは口癖にしていこうかな。「ナイスチャレンジ」ってね。

記事をシェア
ご感想お待ちしております!

ほかの記事

エンバクについて、ちょっと調べたり考えたりしてみた。 2023年5月29日

エンバクというのは不思議な植物だ。人類が農耕を始めた頃は、まだただの雑草だったらしい。まぁ、人間が利用している食用植物は、ほとんど雑草だったのだけれど。エンバクが面白いのは、大麦や小麦の栽培が始まった後の時代でも、ずっと雑草。つまり、麦畑では邪魔者だったわけだ。...

食産業の未来を考える。たべものラジオ的思考。2023年5月27日

もしかしたら以前どこかで話したかもしれないのだけれど、現代の食産業は、産業革命期のアーツアンドクラフツ運動の時期に似ているののじゃないかと思っている。簡単に言うと、産業が近代化した時にあらゆる物が工場で機械的に生産されるようになった。安価でデザインを置いてきぼりにした家具などが大量に出回るようにな...

「ホウレンソウ」で時間をかけるのは相談。 2023年5月26日

「報告、連絡、相談」。通称「ホウレンソウ」は、社会人になると一番最初に言われることだろう。もっと前の学生時代から言われているかも知れない。たしか、ぼくが企業に就職したときもしつこく言われた記憶がある。で、少し思い出したのだけれど、けっこう無駄も多かったという気もしている。...

「食事」という人類の営みの歴史から見る「作法」と「矜持」 2023年5月25日

時々目にすることがあるのだけれど、飲食店によって独自のルールを決めているという記事や書き込みがある。同じく飲食店を経営している身であるから、気持ちは分からなくもない。けれども、独自ルールが特徴的であるということが記事になるような場合、少々やり過ぎではないかと思うケースが多いように見える。...

食べ物と産業と歴史。これからの未来のために。 2023年5月24日

たべものラジオは、食のルーツを辿る旅のような番組だと思っている。その特性として、歴史という意味ではとても長い時間軸でひとつの事象を眺めることになる。ひとつの時代を切り出すのではなくて、紀元前から現代までの長い時間を、ひとつの視点からずっと追っていく。そういう見方だ。だから、ひとつのシリーズがとにか...