今日のエッセイ-たろう

幕の内弁当擁護論。 2025年4月24日

幕の内弁当をアナロジーとして使われることがあるらしい。例えば、商品の企画の話で、「ターゲットを設定せずに、無難に構成された、誰にも響かないプロダクト」という意味で用いられる。もっと絞り込むべきだ、唐揚げ弁当とかハンバーグ弁当とか、野菜弁当みたいに、明快なプロダクトが良いのだ。というはなし。

だけど、それって変じゃないかな。プロダクト開発の話はちょっと横においておくのだけど、家庭で普通にお弁当を作ったら幕の内弁当みたいな感じになると思うんだ。ターゲットは家族だし、家族のことを考えて作るから無難に構成したわけでもないし、食べる家族は嬉しいとか美味しいとかありがとうとか、なにか響くものがあるはず。そうならないこともあるかもしれないけれど、でもちゃんと響いている。

一旦、幕の内弁当を定義しておかないといけないか。

もともと、「芝居の役者やスタッフが舞台裏(幕の内側)で食べていた」とか「幕と幕の間の休憩時間に客が食べた」といった説がある。芝居にはけっこう長時間の演目があって、第一幕、第二幕と言った具合に区切って演じていたんだって。休憩時間に弁当屋が提供していたのが、俵型の握り飯と数種類のおかずの詰め合わせ。これが原型となっていて、一般的に知られている幕の内弁当のフォーマットだ。

いちいち握り飯にしてあるところが気が利いているよね。冷めていても箸でつまんで食べやすい。現代の駅弁の中には、なんとなく表面的には俵の形に型押しをしてあるけれど握り飯になっていないものがある。あれだと、ちょっと食べにくい。それに、いろんな味を楽しめるのも良い。そもそも、芝居見物なんていうのは、「ハレ=非日常」なのだ。味の濃いおかずで大量のご飯を書きこむような日常とは違って、いろいろと楽しめることが嬉しい。現代でもそれが嬉しいという人は少なくないと思う。

さて、幕の内弁当と対照的な存在となるのが「◯◯弁当」だ。唐揚げ弁当、焼き魚弁当、ハンバーグ弁当なんかが該当するのだろう。だけどさ。これらも「ご飯と数種類のおかず」で構成されていることが多いんじゃないかな。一度、本当にご飯と唐揚げしか入っていない弁当を見かけたことがあるんだけど、ちょっと寂しい感じがしたな。あまり売れてなかったのだけど、それは近くの惣菜コーナーにポテトサラダやちっちゃな焼売や漬物が添えられた唐揚げ弁当のほうが人気があったから。いろいろはいっているから、少し値段が高くなるのだけど、それでも唐揚げだけの弁当よりも売れている印象だった。

◯◯弁当というのは、「◯◯が主役で、それ以外は脇役だ」と明示していて、そのように感じられる弁当のことなんだよね。主役らしく感じられるようなインパクトのある料理、味、ボリューム。これに対して脇役は脇役らしく、目立たないような存在感で味や量が調整されている。

これは、フランス料理などのメインディッシュという考え方に似ている。和食ならば◯◯定食というフォーマットだ。

そうすると、幕の内弁当は会席料理などと似た考え方なのだろう。どれか一つが主役という発想が「存在しない」。合唱みたいなもので、誰か一人が主役ってことにはならない。それぞれがそれぞれに支え合い、ちょっとずつ個性を発揮してバランスを取りながら全体を構成している。中空の思想を組んだものだと言われる。強い求心力を持った心棒がなくても、みんなでバランスを取ってまとまる。

料理を提供する側が時間の流れを作っているのが会席料理で、幕の内弁当は平面展開されるから、時間軸が消失する。または、食べる人が自由に組み上げられる構成。松花堂弁当とか、いろいろセットになった定食も同じ感覚だよね。

冒頭の話に戻ってみよう。

確かに、旅館や飲食店の予約サイトを見ると、「◯◯牛」「伊勢海老」「カニ」付きコースというメニューが並ぶ。個人的には避けて予約したい文言なのだけれど、それなりに響く人がいてビジネス上は良いのだろう。わかりやすいし、目的合理性がある。だけど、「これが食べたい」というのが明確になっている人ばっかりじゃないと思うんだ。テレビやインターネットで見かけたら「それ」を食べたいと思うこともあるし、メニューを見たら思いつくかもしれない。そうじゃなくて「なんとなく美味しいものを食べたい」というときだってあるでしょう。そんなとき、幕の内って嬉しいよね。それに、ぼくらが知らない料理に出会えうきっかけにだってなる。

もっと抽象的な、感覚的な「良さ」の違いもある。

なにもないところに桜だけがバーンと咲いているのも、それはそれで美しい。だけど、いろんな花があって、小さな草花や土が見えていて、背景には空や木々や建物が見える。そういう美しさも良いじゃない。絶景ポイントって、いろんなものが一気に視界に飛び込んでくる感じが良かったりすると思うんだ。それぞれの存在の関係性というか、見えるはずのないつながりを感じるというか。そいうのも、「なんか良いな」と。

ぼくなんかはそう思ってるんだけど、どうだろう。

今日も読んでいただきありがとうございます。プロダクト企画の話とどれほど関連性があるかわからない。ただ「無難に構成された」とか「誰にも響かない」というのは、心外だなと。事実と異なるし、目的合理性だけで判断しないで欲しいなって思うんだ。人間てさ。一人の中にもいろんな価値観が内包されているし、一瞬で変化するでしょう。◯◯弁当が良いとおもうときもあれば、幕の内弁当が美味しそうと思うときもあるのよ。だからさ。駄目なものの代表例に使っちゃうのは、失礼だと思うんだよ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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